笹井史恵 眼で触れる漆芸 ―笹井史恵インタビュー(後編)
ラインと質感のアーティストとして知られる、漆芸家・笹井史恵。
卓越した技術をもとに、芸術性の高い作品を20年以上にも渡って生み出し続けている彼女が、
一貫して取り組んできたのは、フォルムと手触りの追求である。
加飾を抑え、漆独特のふっくらとした美しさを最大限に魅せることで、手触りを想像させる作品。
笹井は、これまでどんなモチーフ、表現を探求してきたのだろうか。
作品写真:兼岡弘志、渞忠之
文・写真:B-OWND
PROFILE
笹井史恵
漆芸家。 1973年、大阪府生まれ。1998年、京都市立芸術大学大学院美術研究家漆工専攻修了。 2003‐2005年、タイ国立チェンマイ大学にて滞在制作(ポーラ美術振興財団、ユニオン造形文化財団在外研修助成)。2009年より、京都市立芸術大学にて教鞭をとる。受賞歴は、2014年、京都市芸術新人賞受賞、2015年、京都府文化賞奨励賞、タカシマヤ美術賞 受賞など。
そして訪れた転機
――現在に近づくにつれ、だんだんとエッジの効いた作品が増えてきますね。とくに《ビラブド》というシリーズには、赤ん坊のまるっとしたかわいらしさが出ていて、そこに笹井さんの子どもへの造形的な興味を感じます。この中で特に印象に残っている作品 はありますか?
笹井 赤ん坊のようなモチーフは、《ビラブド》を含めて、ずっと取り組んできましたが、やはり出産後、自分の息子の姿に着想を得た作品でしょうか。あるとき家事の合間に何げなく目をやったら、息子がだらりと両手両足を広げて、テレビを見ていたのですよ。かわいらしいなあって。それまでの《ビラブド》は、赤ん坊がおなかの中にいるときの姿のような、きゅっと丸まっている作品が中心だったので、息子という存在を得たからこそ、その動きを身近で見つめたことでできた作品といえるでしょうね。
――そういったエピソードがあったのですね。体の力を抜いて、じっとテレビを見つめるお子さんの姿が想像されます。この後、2014年は、笹井さんのこれまでの活動を拝見している中でも、作品によりはっきりとした変化がみられますね。ラインに重点を置きエッジが際立って、さらに作品も薄くなり、上下左右に広がりをみせるような形が増えていきます。
笹井 きっかけとなったのは、ザ・リッツカールトン京都さんからお仕事をいただいたときでした。このホテルは、さまざまな工芸アーティストの作品を点在させたミュージアムホテルのようなものなのですが、このときいただいたテーマが「かさね」だったのです。そこで作品にヒダを入れてみたのですが、これが意外と面白いなと。なぜかというと、ライティングで作品の見え方がだいぶ変わるのです。漆のいろいろな表情も見せられますし、新たな表現の可能性を感じました。
――作品を拝見すると、微妙な陰影の濃淡までも計算され尽くしていることがわかり、漆の質感や艶などが引き立てられていて、本当に味わい深い作品ですね。そこから、近年の代表作の《空のさかな》というシリーズ作品に繋がっていくのだと思いますが、このシリーズは、笹井さんの作品の特徴であるパツッとした丸み、生きものの動き、エッジの美しさと、今まで取り組まれてきたさまざまな要素が表れた集大成のような作品と言えるのではないでしょうか。
笹井 おっしゃるように、今まで取り組んできた様々なものが形になった作品だと思います。稜線がたくさんある作品を作っていたら、丸みのある作品もいいなあと思うようになりまして。私が赤漆を使っているのは、形を引き立てるためなのですが、これだけヒダがたくさんあると、その効果もよりはっきりと表れてきますね。
作品の新たな方向性を模索していきたい
――今後もどんな作品が見られるか楽しみなのですが、展望などがあれば教えていただけますか。
近年は、竹や截金や木彫など、他の工芸分野とのコラボレーションをするようになりました。別の素材を組み合わせることで、漆の特徴や魅力がより見えやすくなるのではないかと考えています。《空のさかな》にも、截金が施されたさかながありますし、ガラスの目が入った《瑠璃のさかな》という作品もあります。後者は、先にガラスの目を作っていただいたことで、赤以外の色漆を使った作例です。今後も自分の作風は大切にしつつも、様々な分野のアーティストとコラボレーションし、作品のあたらしい方向性も探っていきたいと思っています。
―― 今後もご活躍を楽しみにております。本日はありがとうございました!
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