工芸思考で世界を変える|工芸アーティストユニットGO ONとその思想(後編)
いいもの、美しいものには人と社会を整える力がある。
同時に、素材ごとの個性を尊重する工芸は、規格化、効率化とは逆に、多様であることの意義を社会に問いかける。
工芸アーティストユニット、GO ONの活動の通奏低音ともいえるのが、この工芸思考だ。
メンバーの株式会社細尾 代表取締役社長 細尾真孝さん、B-OWND参加アーティストの朝日焼十六世松林豊斎さんが、工芸思考とこれからの社会の関わりを紐解く。
作品写真:木村雄司
PROFILE
細尾真孝
1978年、京都生まれ。元禄元年(1688年)創業の西陣の織屋、細尾の十二代目。大学卒業後、音楽活動、大手ジュエリーメーカーでの勤務を経て、フィレンッェに留学。2008年に細尾に入社。西陣織の技術、素材をベースにしたテキスタイルを海外に向けて展開し、建築家、ピーター・マリノ氏のディオール、シャネルの店舗に使用されるなど、世界のトップメゾンをクライアントに持つ。MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON代表理事、株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス外部技術顧問を兼任。
朝日焼十六世松林豊斎
1980年、京都府生まれ。400年の伝統を有する小堀遠州所縁の茶陶、朝日焼の当主。2003年、同志社大学法学部を卒業後、日本通運(株)に就職。退職後、京都府立陶工訓練校にてロクロを学ぶ。その後、父豊斎のもとで修行し、英国セントアイブスのリーチ窯での作陶などを経て、2016年に十六世豊斎を襲名。GO ONに参加するなど、伝統工芸のさらなる可能性を探る、さまざまな活動を展開している。
モノの力が人を整える
工芸の価値を社会に広めていこうというGO ONの活動。そもそも、工芸の社会的、現代的な価値とはどのようなものなのでしょう。
細尾さん、松林さんが語る、モノが持つ力による、より豊かな社会への変革について紹介します。
細尾 たとえば、美しい着物を着ると心が晴れやかになったり、振る舞いが変わったりしますよね。美しいモノにはそういう力があるんです。
反対に、安くて丈夫なものは、粗雑に扱っても構わないと思いますよね。実際、大量に生産される工業製品は、耐久テストなどが重ねられた、丈夫であることを身上とするものです。でも、美しく繊細なモノを手にすれば、人は心も身体も変わります。人はモノと向き合うことで、モノから学ぶのです。
私たちの社会が工業製品を選び続けてきた結果、今、モノから教えてもらう機会が大幅に減ってしまっているのだと思います。
松林 この間、中野信子さんと伊藤東凌さん(建仁寺両足院副住職)の対談記事を読んでいたら、中野信子さんが、美を感じる脳の領域と倫理的なことを考える脳の領域がとても近いところにあるので、美に対する感覚を研ぎ澄ませていくことで、人は倫理的になっていくんじゃないかとおっしゃっていたんです。 効率化、私利私欲を高めるような部分というのは、実は美を感じる領域と遠いのだそうです。
これを聞いて、美というものに対して正直に生きていく、あるいはそれに対する感覚を鍛えていくことは、実は調和のとれた社会を築き上げていく一つのきっかけになるんじゃないかなって思ったんですよね。これまで我々は、美というものをあまりにも趣味的なもの、社会の中で余分なもののように扱ってきたところがあるのではないかと思います。でも、実は美は余分なものではなく、むしろ社会の中心にあるべきものと捉える必要を感じます。
工芸的な思考が世界を変える
そしてもう一つ、細尾さんと松林さんが指摘するのは、工芸の基底に流れる、異なるものを受容する力、多様性についてです。「工業では規格化し、効率化を図っていく過程で、規格外のものを破棄していく必要がある。しかし、それぞれに異なる素材をその特性に応じて、適したものに用いていくのが工芸である」と彼らは説明します。そして、それはモノだけでなく、人に対しても通じる姿勢であり、今、社会が必要としている多様性に通じるものだと指摘します。
松林 たとえば、この木ならこの形、あの木なら別の形、というように、その特性を見極め活用していくのが工芸的な方法です。人についても同じです。一人一人異なる人たちのなかで、ある人が不得意としていることも別の領域に持っていけばそれはすごく上手くいくことだったりするわけです。
自分たちが加工しやすい部分だけを選んで、残りの部分を捨ててしまうというのが工業的な思考だとすれば、これからは工芸的な考え方をもとにつくられている社会が豊かな社会ということになっていくのではないかと思います。
もちろん、工業品がすべて問題だというわけではありません。それは、むしろ異なるものを受け入れる工芸の精神に反します。社会にとってデジタルも工業製品も必要です。純粋な工芸だけで社会ができるわけではないでしょう。そこに排他的なものを入れてしまうと、結局社会のマジョリティになりえなかったり、現実に即さない理想郷を求めるようなおかしことになったりするのではないかと思います。
細尾 昨今のコロナもそうですが、産業革命以降、工業化の波により大量生産・大量消費になっている今、地球環境との調和などの問題が出てきています。少ない時間、少ない作業で多くつくれれば当然利益は上がります。でも、はたして利益だけにフォーカスするということでいいのか。今が本当に最良なのか。そういう問いに通じるのだと思います。
工芸なら、たとえばいいものを長く使い続けていくとか、代々修理して使い続けていくとか、しかもそれを長く使い続けられて、経年劣化ではなく経年美化しながら受け継ぐことができるわけです。工芸的な生産、工芸的な商品と、それを使う人。この循環が、工芸的な社会をつくっていくのではないでしょうか。
工芸、伝統工芸という言葉は、モノ自体を指すこともありますが、一種の思想だと思います。
いいものを長く使い続ける、多様なものを受け入れる、これらは工芸の原点でもありますし、工芸の思想です。ですから、いろいろなものに工芸の思想が入っているはずなのです。それがどういうバランスかという問題はありますが、すべてのデザインも、アートもテクノロジーにも、工芸が入っているといえるのだと思います。
美しいものは次の世にも残り続ける。
その美しいものを愛で、使うことで人の身構えも心構えも整うとすれば、そんな人が一人でも増えていくことで、多様なものを受け入れる、より豊かな世界が出現する。
そんな希望を抱ける明晰な言葉は、まさに工芸的な思考、哲学です。
変わり始める社会
また二人は、近年、これまでにはなかった動きが感じられると語ります。たとえば、この工芸的思想や哲学に共感し、株式会社細尾に入社を希望してくる人や、GO ONの活動を手伝いたいと申し出てくれる二十代の人たちが増えているのです。彼らは、工芸のなかにその社会的な意義を感じ取っています。
細尾 今、ウチの会社の新入社員などがそうですけど、明らかに工芸の思想哲学に共感して入ってくる人が出てきています。しかも優秀な人たちです。彼らにとって、カッコよさとは、お金よりも、工芸に内在する思想や哲学、そして社会的な意義にあるようです。手を伸ばさなければなくなってしまうものの価値、本質を直感的に感じとっている勘のいい人たちはとても増えてきています。そういう意味で、今20代にとても注目しています。彼らはデジタルテクノロジーを完全にインストールしていてスピード感もあります。彼らとセッションしながら、自分たち自身も常に変え続ける必要がありますし、これからがとても楽しみです。
松林 B-OWNDの取り組みのなかでもそういう人たちが生まれてくるかもしれません。B-OWNDの購買者に20代の方が多いということをお聞きして、切り口を変えるだけでこんなにも手にとる人の層が変わるのかという驚き、可能性を感じます。
マーケットだけ、技術だけが突然出現したりすることはないと思います。それらは、モノと使う人、それをつなぐという意味でのマーケット、流通というところに生まれるものでしょう。そうだとすれば、そして、それらが今の時代に合っていないのであれば、今の時代に合った形にしていく必要があります。GO ON自身もそういったものを大きくしていけるような取り組みをしてくべきだと思っています。
変わり続けるユニットGO ON。
その持続的な歩みが、社会に対して工芸的な価値を問いかけ、社会を少しずつ動かしています。
工芸で世界を変える。
工芸アーティストユニット、GO ONの挑戦はこれからも続きます。
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