ノグチミエコ(ガラスアーティスト)×山本大凱(宇宙工学研究者)対談(後編)

ARTIST
ノグチミエコ・山本大凱コラボレーション展『月の気配 — 思考する物質』の開催に際し、お二人の対談を行いました。
本展では、ガラスアーティストと宇宙工学の研究者がタッグを組み、
月面を覆う砂の模擬物質「レゴリス・シミュラント」とガラス工芸を融合させた
これまでにないコラボレーション作品が発表されます。
今回はそのプロジェクトの始まりや、試行錯誤を重ねた制作のプロセスについてお話を伺いました。
文・写真:B-OWND
作品写真:木村雄司

PROFILE

ノグチミエコ

1989年に武蔵野美術大学ガラス研究会にてガラス制作を始め、1991年に武蔵野美術大学短期大学部工芸デザイン陶磁専攻科を卒業。2004年には、神奈川県藤沢市に吹きガラス工房 FUSION FACTORYを設立し、2023年より神奈川県内に新たな工房を構え、「MIEKO NOGUCHI」として活動を展開している。

ノグチは、この世界の森羅万象に宿る超自然的かつ神秘的な気配を、自在に変容するガラスという素材を通して表現している。宇宙、富士山、瀧、葛飾北斎の描いた浪などをモチーフに扱いながら、人智を超えた世界の広がりを俯瞰的な視点から捉えている。透明なガラスの内部に壮大な景色やエネルギーを凝縮することで、有限の物質のなかに無限の宇宙観や精神性を立ち上げ、鑑賞者に自然や宇宙の根源的なつながりを想起させている。

 

 

山本大凱

5歳のころに「宇宙に行きたい!」と一念発起。宇宙開発の面白さに触れてからは、ロケット、探査機、宇宙ステーションに至るまで夢中になって勉強を続けた。大学では念願の次世代ロケット推進器 “回転デトネーションエンジン” の研究・開発に3年間携わる (学術論文執筆2本/国際学会2件/特許出願1件)。また、成層圏における漆芸術の表現を目指した工学/美術融合のアートプロジェクト「宙漆プロジェクト」にて作品制作と技術開発を支えた。2025年度に名古屋大学 工学部 機械・航空宇宙工学科を卒業。2026年度からはJAXA宇宙科学研究所にて「はやぶさ」に続く次世代機の熱制御を研究している。

宇宙開発事業 “τ-Cosmos Technologies” を通じては、宇宙空間における自給自足のモノづくりの実現を目標に、惑星環境の再現および技術開発に取り組んでいる。

ファンタジーから、身近に感じる宇宙へ

― 今回はツルっとしたガラスの中に異素材の月の模擬砂が入っているということで、これまでのノグチさんの作品とは異なる新しい表現に感じました。作品にしていくプロセスはいかがでしたか。

ノグチ ガラスだけで作るとツルッとしてしまうんですけど、もともとこの素材感の違いを対比させるのがすごい好きなんですよ。私の萌えポイントというか 。ガラスも砂浜の上に落ちているから綺麗に見えたんだ、という私の原点でもある、ビーチコーミング(※1)に立ち返るようなところもあって、「砂とガラスの組み合わせは最高」だなと 。このテクスチャーの違いをガラスに入れられるのも、これまでの積み重ねがあったからだなとしみじみ感じました。

― 砂とガラスが一体となることで、お互いの素材の魅力が引き出されているのですね。実際に宇宙工学の研究で使われている月の模擬砂を手のひらサイズのガラスに閉じ込めてみて、どんな感覚になりましたか?

ノグチ 長年「宇宙」をテーマにしてきた身として、いつか実際の宇宙の素材を使ってみたいという想いがありました。今回、まさかそんな機会に恵まれるとは思っていなかったので、私としてはついに夢が叶ったという気持ちで、心の中はもの凄く盛り上がっています(笑) 。

山本 月の模擬砂って粒子が細かすぎて扱いにくいから、むやみに人に触ってもらえないんですよね 。そこをガラスに包んであげることで、どんな人でも手の中に収めることができるというのは、僕の理想の一つでもありました 。

月の模擬砂「レゴリス・シミュラント」

―― 手の中に収めることで、遠くの存在だった月がぐっと身近に感じられますね。このようなアートを通じたアプローチは、人々の宇宙への関心にどんな影響を与えると期待していますか?

ノグチ 身近になりますよね 。手のひらで疑似体験して宇宙を見られるのが私の作品のテーマでもあるんだけど、それがリアルな素材になることで、より現実的になってきて 。今までファンタジーの中で割と完結していたのが、本物の素材の強さみたいなものをすごい感じて、宇宙が違う段階に来たなと思っています 。

山本 「ファンタジーだった」というのはめちゃくちゃしっくりきました 。僕の幼少期は宇宙への憧れは、いわばファンタジーでした 。ただ、今本当に宇宙開発が目まぐるしく進んでいて、宇宙業界の人にとっては現実にある場所なのに実感がない 。肌で感じる手段として、この作品が影響を与えてくれるんじゃないかなと 。宇宙ってただの夢とかロマンだけじゃなくて現実を伴い始めているからこそ、手に取ってほしいというのはありますね 。

今回の作品の一部には、緑っぽい古代色のような色もあるのですが、それは本当にガラスとの融合でできたものなんです 。月はもともと殺風景な場所で、もし人が行ったら景色がなさすぎてホームシックになるだろうなと思っています 。そんな無機質なものから、この有機的な色ができてしまったのは、将来の宇宙の暮らしを豊かにすることにもなりそうだなと思います 。

ノグチ 「役に立つものにならないかな」って彼が呟いていて、アーティストはそこまで考えてなかったから視点が違っていてすごい面白いなと 。

山本 月に行けばどこにでも砂はあるので、現地に窯を作ってこの技術を使えば色々な表現ができるという想像をしています 。直近のところでいうと、本当に小さなガラスビーズであっても、宇宙に行く人がそれを一緒に持って行くことで、地球にも月にも思いを馳せられるのではないかなと思います 。

ノグチミエコ ガラス 宇宙
「太古月ノ景」

45億年前から未来へ。展示空間で体感するストーリー

― 今回の展示では、ノグチさんがコンセプトを考案された作品と、山本さんがコンセプトを考案された作品がそれぞれ並ぶとお伺いしました 。それぞれの作品の具体的なコンセプトについてお聞かせください。

ノグチ 山本さんのコンセプトのものは、宇宙飛行士がポツンと月に行った時に、地球が見えたら癒されるのではないか、というところから始まっていて 。もし本当に月面から地球を見上げたら、私たちが地上から見る月よりも3倍以上大きく、圧倒的な存在感で輝いているはずですよね。孤独な宇宙飛行士にとって、その輝きは心の拠りどころになるのではないかというストーリーです。たとえば『帰郷』という作品は、地球が月を丸ごと包み込むような形をイメージしています 。

「帰郷」

山本 そうですね、地球に包み込まれる感覚をイメージしました 。 今回のノグチさん考案のコンセプトは勾玉にツクヨミに禅と、昔からの月に対する日本人の思いの馳せ方、昔からのストーリーを作品に表現されていて、ノグチさんらしさを感じますね 。

ノグチ 私の作品は古代から日本人が月に対して持ってきた感覚を形にしていこうというので、禅の有名な教えである「指月の喩え(※2)」を形にしてみたり、縄文時代からの流れを形で追っていっているんです 。 そこから山本さんの作品と繋がってくることで、「過去から未来へ」という流れができるのがいいなと思い、展示の仕方も古い方から並べた方が面白いねという話になりました 。

「月を見よ」 禅の教えである指月の譬えから着想を得る

山本 僕の作品は2つが未来の話で、1つが45億年前の話なんです 。

ノグチ 45億年前から、人間が関わり始めたところ、そしてついには宇宙に行っちゃっている人間からの視点で出来上がっている未来作品へと並ぶ 。展示空間としても面白いものになると思います 。

― 45億年前の宇宙の始まりから、未来の宇宙飛行士の視点まで、展示空間そのものが一つの壮大なストーリーになっているのですね。

ノグチ 今回のプロジェクトは、展示会場という特別な空間と、山本さんが持ってきてくれた砂が見事に結びついたことで実現しました 。月の模擬砂 が持つ物質としての力強さとガラスが融合したことで、私自身「宇宙の表現が新しい段階に進化を遂げた」と直感しています 。45億年という果てしない時の流れとリアルな月の気配を、ぜひ展示会場で体感していただければ嬉しいです 。

>>前編はこちら<<

【展示のおしらせ】

ノグチミエコ・山本大凱コラボレーション展『月の気配 — 思考する物質』

展示期間:2026年7月10日(金)~7月12日(日)

会場:株式会社丹青社  エントランススペース・クリエイティブミーツ

   東京都港区港南1-2-70 品川シーズンテラス19F

営業時間:7月10日(金)18時~20時 / 7月11日(土)10時~20時 / 7月12日(日)10時~19時 

トークセッション&レセプション:7月11日(土)18:00~20:00 

ノグチと山本によるトークセッションを行います。

ご来場・トークセッションは予約制となっております。

WORDS

※1 ビーチコーミング :海岸などに打ち上げられた漂着物などを観察、収集する行為などを意味する。

※2 指月の喩え:月を「真理や本質」、指を「言葉や手段」に例えた禅の教え。指(言葉)に囚われるのではなく、その先にある月(本質)を見よという教え。