漆芸の技法―加飾のいろいろ
漆芸の工程は、素地をつくる、漆を塗る(髹漆/きゅうしつ)、
その上に装飾を施す(加飾)、の3工程からなる、というお話をしましたが、
今回は「装飾を施す」、加飾の技法です。
漆芸と聞いて多くの人が思い描くのは、金や銀、色鮮やかな蒔絵(まきえ)、螺鈿(らでん)の作品ではないでしょうか。漆芸の技法として紹介されるのも、その多くが加飾の技法です。漆塗りは縄文の昔から行われていますが、加飾の技法が発達したのは、奈良・平安時代に中国からその技法が伝えられてからです。それらの技法は、日本で独特の展開を見せ、今日の加飾の技法に発展しています。
もちろん漆芸作品には、加飾が行われていないものもあります。例えば、B-OWND参加アーティストの笹井史恵さんの作品がそうです。
笹井さんの一連の作品は、素地づくりの段階で生み出される丸みを帯びた有機的なフォルム、そして髹漆(きゅうしつ)の高い技法が作りだす、すべらかで柔らか、温かみをたたえた質感が魅力です。いわゆる加飾はなされていません。
加飾の技法にはさまざまなものがありますが、漆芸家によって使用する技法が異なったり、産地によっても代表的な技法に違いがあったりします。また、今後も新しい技法が生み出される可能性もあります。ここではみなさんが目にする、伝統的で基本的な技法をご紹介します。技法の説明に用いた写真は、B-OWND参加アーティストの若宮隆志さんの作品のものです。 若宮さん率いる彦十蒔絵の圧倒的な加飾の技法をあわせてご覧ください。
1. 蒔絵(まきえ)
金粉等を蒔いて文様を表すことから、「蒔絵」といわれます。日本で独自に発達した代表的な技法です。蒔絵には文様を表す蒔絵と、梨地といったベースとなる地文をつくるものとがあります。 文様を表す蒔絵の場合、細い筆を使って塗面に漆で絵を描き、その上から金の粉を蒔きつけて模様を表していきます。研出蒔絵(とぎだしまきえ)、平蒔絵(ひらまきえ)、高蒔絵(たかまきえ)といった技法があります。
- 研出蒔絵(とぎだしまきえ)
塗面に漆で文様を描き、その上に金・銀などの粉を蒔きつけます。その上に漆を塗って、炭で文様を研ぎ出します。
- 平蒔絵(ひらまきえ)
塗面に漆で文様を描き、その上に金・銀などの粉を蒔きつけ、漆で固めて磨き上げます。
- 高蒔絵(たかまきえ)
蒔絵を盛り上げて描く技法で、文様の部分を漆、錆漆、銀紛、炭粉(すみこ)などで盛り上げ、その上に金、銀などの粉を蒔き固めて磨き上げます。
2. 平文(ひょうもん)
金や銀などの金属をのばして薄板をつくり、文様の形に切って塗面に貼り付け、漆を塗り込みます。
3. 螺鈿
夜光貝やアワビ、蝶貝などの殻の真珠層の部分を削って薄い板状にし、文様の形に切って、塗面に貼ったりはめ込んだりする技法です。
4. 卵殻(らんかく)
漆で模様を描いた上に、細かくしたウズラなどの卵殻を貼り、漆を塗り込み研ぎ出す技法です。色漆では難しい鮮やかな白色を表現することができます。
5. 沈金(ちんきん)
漆の塗面に沈金刀で文様を表します。その彫られた文様の刻み部分に、金箔や金粉を擦り込んでいきます。繊細な表現に優れた技法です。
6. 蒟醤(きんま)
蒟醤用の特殊な刃物で塗面に文様を彫り、そこに色漆を埋め込んで、砥ぎつける技法です。
7. 彫漆(ちょうしつ)
異なる色の色漆を何層にも塗り重ねて塗面をつくり、そこに彫刻刀で文様を掘り出していきます。さまざまな色の層をつくりだすことができます。
8. 漆絵(うるしえ)
塗面に色漆で絵を描く技法です。加飾のなかでも古くから用いられている、最も基本的な技法といえます。
いくつかの技法を紹介しましたが、いかがでしたか。
漆芸作品の加飾の芸術性が極めて高度な技術とともにあることを、ご理解いただけたかと思います。漆芸作品を鑑賞するときのお役に立てれば幸いです。
コラムで示した図は、いずれも加藤寛『図解 日本の漆工』(東京美術、2016)、小林大秀・加藤寛『漆芸品の鑑賞基礎知識』(至文堂、1997)の模式図を参考に、簡略化して作成したものです。加飾の技法の流れをより詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。
【参考資料】
加藤寛 『図解 日本の漆工』 東京美術 2016
小松大秀・加藤寛 『漆芸品の鑑賞基礎知識』 至文堂 1997
『新版 近代工芸案内 名品選による日本の美』 東京国立近代美術館編集 東京国立近代美術館 2015
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