漆芸の技法―素地(きじ)のいろいろ

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【コラム】
B-OWND Magazineでは、多くの方々にアートとしての工芸に親しんでいただきたいと考え、
折にふれて「工芸の技」をテーマにコラムをお届けしていきます。
今回はその第一弾、漆の技法ー素地についてです。
構成・文:ふるみれい

日本の工芸には、長い時間をかけて磨かれ、伝えられ、そして生み出されてきた技法や複雑な工程があり、それ自体が容易には到達できない極みの世界を示しています。B-OWND Magazineと一緒に、少しずつ、工芸の技法の、基本の基に親しんでいきませんか。わかると変わる。技法を知ることで、作品の見方や見える景色が変わってくるかもしれません。

2020.1.15、2020.1.22と漆芸家の谷川美音さんの作品をご紹介しましたので、その流れを受けて、今回は漆芸の技法についてお届けしようと思います。

漆の特徴

艶やかで滑らか、ふっくらした質感が魅力の漆芸作品。そのテクスチャーやフォルム、独特の装飾は、見る人をうっとりさせます。なんといってもその光沢は、漆芸作品の美を構成する大きな要素でしょう。漆液に含まれるゴム質や多糖類が微細な凹凸を塗面に作り出し、光がその凹凸に当たることで乱反射が起きます。この乱反射が光沢を生み出しているのです。 過去のインタビュー記事でも紹介したように、漆はウルシ科の木の樹液からつくられます。

漆の採集や精製過程などを紹介しています。

樹液はそのままでは塗料にはなりません。発酵させ、成分を均一にするため攪拌し(なやし)、水分を抜く作業(くろめ)を行うことで、樹液は塗料に変わっていきます。こうした加工や水酸化鉄、顔料が加わることで、わたしたちが目にする黒や赤などの色をもった漆になっていきます。縄文時代の遺跡として有名な青森県・三内丸山遺跡出土の漆塗の遺物にも、赤色顔料の一つであるベンガラが使われていて、今なお鮮やかな色彩を見せるものがあります。

また、小麦粉や膠(にかわ)を混ぜることで、漆は強力な接着力を発揮し、接着材として陶器や磁器、ガラスの修復などに用いられています。

漆は本来、堅牢で耐久性に優れたものです。酸やアルカリ、熱、湿気などに強く、塗布することでそのモノを堅牢にします。電気の絶縁性にも優れています。腐食や防虫にも効果がある漆は、古くから、器や家具といった身の回りのものに用いられてきました。

液体としての漆

漆液はウルシ科の木の樹液から作られますと言いましたが、樹液は液体ですから、形をもたせるには、それを塗るためのベースが必要になります。2020.1.15、2020.1.22のインタビュー記事に登場した漆芸家・谷川美音さんの作品では、そのベースにFRP(樹脂+ガラス繊維)が使われていますが、伝統的には木、竹、紙、皮、布、金属などが用いられてきました。

このベースのことを、漆芸の世界では一般に素地(きじ、そじ)といいます。胎ということばでも表現されます。

素地をつくり、漆を塗り(髹漆/きゅうしつ)、その上に装飾を施す(加飾)。髹漆(きゅうしつ)と加飾の工程では、漆を塗り、固め、そして研ぐ、という工程を何度も重ねていきますが、漆芸の工程は大きくはこの3工程からなっています。

今回は、素地を見ていきましょう。

素地のいろいろ

伝統的に、素地に使われる素材には、木、竹、紙、皮、布、金属があります。

素地に木を使う場合、形状やその特性によって成形の過程に違いがあります。素地が木のときは、素地を「木地」と表現したりします。

◾︎挽物(ひきもの):ロクロで木材を回転させながら、カンナを当てて形をつくっていきます。椀などを作るときに用いられます。

◾︎指物(さしもの):板状や棒状にした木材を組み合わせる技法です。釘等を使わず、木材に凹凸などを刻んだり、穴や突起をつくったりして、それらを組み合わせて接合させていきます。箱、机、箪笥(たんす)、茶棚、見台、屏風など、さまざまな用途のものが形づくられます。

◾︎刳物(くりもの):木材を彫刻して成形する方法です。ノミやカンナ、彫刻刀などを使って形を削り出していきます。複雑な造形に向きます。

◾︎曲物(まげもの):ヒノキやスギなどの木材を挽いて薄板をつくり、曲げて加工します。軽いこと、材を無駄なく使えることから、日用品に多く用いられてきた技法です。

ここで示した図は、いずれも加藤寛『図解 日本の漆工』(東京美術、2016)の模式図を参考に、 簡略化して作成したものです。より詳しく工程等を知りたい方は、こちらをご覧ください。

木地以外の素地には以下のようなものがあります。

◾︎棬胎(けんたい):竹やヒノキを細く薄く裂いてテープ状にしたものを巻いていくことで成形します。タイやミャンマーといった東南アジア各地の漆器に多く見られる手法です。

◾︎籃胎(らんたい):籃胎の「籃」は竹を意味します。竹などを編み上げて素地をつくる技法です。竹が持つしなやかさを生かした形状、軽さに特徴があります。

◾︎紙胎(したい):和紙に糊漆などを塗って成形します。型に和紙を貼り重ねて、型を外してつくるタイプ(張貫/はりぬき)、竹の素地に和紙を貼って漆を塗って成形するタイプ(一閑張/いっかんばり)などがあります。軽くて丈夫なのが特徴です。

◾︎漆皮(しっぴ):柔らかくした牛や鹿の皮を型に当て、木槌で叩きながら型に添わせて成形します。継ぎ目がないという特徴があります。

◾︎乾漆(かんしつ):麻布を漆で型に貼り重ねて素地をつくっていく技法です。奈良時代の仏像にはこの乾漆の技法が多く用いられています。有名な興福寺の阿修羅像も乾漆像です。

◾︎金胎(きんたい):金属を素地として用いる技法です。鎧や兜などにこの手法が用いられてきました。真鍮や錫(すず)、近年ではアルマイトなどが用いられています。重さが欠点ではありますが、自由なフォルムを作りやすいという利点があります。

一口に漆芸といっても、そのベースにはいろいろなタイプがあります。 あなたのお気に入りの作品には、どんな素地が使われているでしょうか。

コラムで示した図は、いずれも加藤寛『図解 日本の漆工』(東京美術、2016)、小林大秀・加藤寛『漆芸品の鑑賞基礎知識』(至文堂、1997)の模式図を参考に、簡略化して作成したものです。加飾の技法の流れをより詳しく知りたい方は、こちをご覧ください。

【参考資料】

加藤寛 『図解 日本の漆工』 東京美術 2016 …①

小松大秀・加藤寛 『漆芸品の鑑賞基礎知識』 至文堂 1997…②

『新版 近代工芸案内 名品選による日本の美』 東京国立近代美術館編集 東京国立近代美術館 2015…③

※①は漆芸の基本が図解とともに分かりやすく解説されています。初心者にもオススメです。漆芸をより詳しく知りたい方には②が役立ちます。奈良時代から江戸時代に至る銘品とともに、その技法も解説されています。近代以降の銘品を美しい写真で見られるのが③です。