宮下サトシ インタビュー | メタモルフォーゼする陶芸(後編)
アメリカのカートゥーンアニメーションに影響を受けた作品を制作している。
既製品のオモチャの再構成によるオブジェ、ヴィヴィットなカラー、
空想上の生き物たちが繰り広げる非日常の描写などによって、独自のサイケデリックな世界観を提示する。
今回の取材では、陶芸にアニメーションの手法を取り入れた作品など、
常識にとらわれない視点で制作を続ける宮下の原点、現在の活動、そしてこれからの展開について聞いた。
写真:木村雄司
PROFILE
宮下サトシ
美術家・陶芸家。1992年、東京生まれ。2016年、多摩美術大学工芸学科陶専攻卒業。2017年、アートアニメーションのちいさな学校卒業。主な展示は、2019年、「TOKYO2021 慰霊のエンジニアリング un/realengine」(東京)、2019年、キュレーション及び出展した「ceramic scramble」(東京)、2020年、「Beautiful Dreamer」(香港)、2020年、「Y-generation artist」(東京)、2020年「BUSTERCALL=ONEPIECE展」(神奈川)、2021年、「仮想世代陶芸」(東京)など多数。また、「ABC-MART」、「NIKE」などともコラボレーションしている。
カートゥーン・バイオレンスが現在の制作テーマ
―カートゥーンアニメーション以外で、宮下さんが影響を受けられたものはありますか?
宮下 僕には兄がいるのですが、子供のころ、いっしょに手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』や『火の鳥』、藤子不二雄先生の『ドラえもん』などの漫画を読んでいました。また兄は、当時から北野武監督の映画が好きで、僕も徐々に興味を持つようになりました。多感な子ども時代に、結構シビアなものを見ていましたね。
―日本のマンガ表現などの影響は、どんな作品に表れていますか?
宮下 最近僕が作っているパンチで凹んでいる壺のシリーズも、『ドラえもん』ののび太が、ジャイアンに殴られて、「ぐちゃっ」となっているような、漫画的イメージからです。ただ、藤子・F・不二雄先生が影響を受けた手塚治虫先生も、結局はディズニーに影響を受けていますから、やはりカートゥーンアニメーションにつながってきます。
カートゥーンには、暴力的なシーンが含まれているのですが、キャラクターたちは、ぺちゃんこになっても、バラバラになっても、基本的には死にません。無邪気な暴力性とも言えるそういった「カートゥーン・バイオレンス」は、今後、自分の制作のテーマになりそうです。
ー「無邪気な暴力性」についてもう少し聞かせてください。
宮下 子供には、独特の残酷性がありますよね。たとえば『トイ・ストーリー』にも、シドという男の子のキャラクターがいます。彼は、オモチャを解体したり、爆破したり、非常にバイオレンスな存在です。
僕は一時期、既製品のおもちゃを石膏で型取りして、シドのようにバラバラに解体したものを再構成したシリーズを制作していました。シュルレアリスムのコラージュを取り入れた手法で、遊びのようにやっているそれらが「無邪気な暴力性」といえるかもしれませんね。
でも、実際の「暴力」と「暴力性」は全く別のものです。僕は、あくまでも暴力性を描いているのであって、それらは人を傷つけることを意図したものではありません。この暴力性によって、ある種の「怒りのようなもの」を表現しているんです。
―それは、何に対しての、どんな怒りなのでしょうか。
宮下 何か具体的なものに対しての怒りというよりは、もっと根源的なものや、表現者としての怒りのイメージです。
アートは何の役に立つんだろう、という葛藤
―その「怒りの表現」を意識的に表現した代表作はありますか?
宮下 大学時代の《砂漠のおにぎりとピカソ》という作品は、北野武監督の『アキレスと亀』(2008年)という映画のエピソードからの題材です。
劇中に、「飢えている人の前に、おにぎりとピカソを置いたら、だれでもおにぎりを取るに決まっている」というようなセリフがあるんですよ。場所については僕の記憶違いで、実際は砂漠ではなくてアフリカだったのですが。
宮下 僕のこの作品には、ストーリーがあります。それは、象の茶碗がたくさんの食べ物を入れて、飢えている人たちに届けてくれる、というものです。でも現実はそんなことはできるはずないし、この象の茶碗はオブジェとして作られているから、工芸品としての「用」も果たさない。それをこの象の茶碗自身も理解しているから、苦しそうな表情をしているんです。象の鼻は、不能の象徴として小さく垂れ下がっています。
当時、東日本大震災があって、「芸術の価値って何なんだろう、何かの役に立つのだろうか」と考え込んでいた時期がありました。実は僕、美大に入学する前は、警察官を志して法学部にいたんです。それをやめてアートの道に進んだこともあり、これでよかったのかと悩んだんですよね。芸術なんてまやかしなんだろうかと。
―先ほど宮下さんがおっしゃっていた、「根源的なものへの怒り」というのはこのあたりのことなのかもしれませんね。
「曖昧さ」に込められたもの
―最近の宮下さんの作品は、「曖昧さ」がテーマになっているのではないでしょうか。「グラデーション」という色合いや、「瞑想」という意識と無意識のはざまにあるようなイメージの茶碗などに、そういった関心を感じます。
宮下 そうですね。「境界線」のないグラデーションは、意識と無意識・もののジャンルを規定しないようなことを示唆する、「曖昧さ」があると思います。また、最近はとくに、アニメーションにおけるメタモルフォーゼの瞬間に着目するようになりました。何者にでもなれるけれど、何者でもないというような、はっきりと言葉にすることができない、「はざま」の存在です。それは、陶芸というジャンルや、特定のイメージにとらわれたくないと望む、僕自身の現状でもあると思います。
現代では、明らかにわかりやすいものに人気が集まっているように思います。また、アート、プロダクト、イラストレーション、グッズとがフラットな状態だと感じます。 もちろん、かわいいものは癒し、というようなこともよくわかりますし、面白いと感じるものもたくさんあります。
そういったなかで、僕自身は、やはりアートをやりたいんです。「本物の」アートというものがあるのかどうかはわかりませんが、一時期もてはやされて消費されていくようなものではなく、時代を超えられる作品を作りたいのです。
メタモルフォーゼの瞬間、何かから何かになろうとしている瞬間のキャラクターは、非日常的で、どこか超越的な存在です。「これは何」と、簡単に答えを出せないし、でも「何か」を予感させる。そういった微妙なものを表現していくことに、可能性を感じています。
この作品は「宮下サトシ」にしか作れない、というところまで
―これからの展開がとても楽しみですが、今後の展望などはいかがでしょうか。
宮下 僕はまだ、自分の頭の中にあるものがまだ全然作れていないんです。それには、窯のスケールがもっと必要ですし、スキルもまだまだ足りていません。作り続ければ続けるほど、作品の細かい部分にも目が行くようになってきました。作品の色彩のために、釉薬の科学的な研究も追及していきたいです。展示する場所についても、常に面白い場所がないかなと考えています。例えば枯山水の庭などの、歴史的・文化的な背景がある場所に、自分の作品を置いたらどう見えるだろうと考えると、ワクワクしますね。
僕は、自己肯定と否定の繰り返しのなかで、まだ否定の気持ちの方が強いんです。でも、試行錯誤を繰り返しながら、もっと自分の世界観を色濃く出して、この作品は宮下サトシにしか作れない、と言われるような存在になりたいです。
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【お知らせ】
2021年11月21日(日)〜23日(火・祝) 、宮下サトシ氏が参加するアートイベントを、下記のとおり開催いたします。ぜひお越しください。
・イベント概要
「HANEDA ART EVENT ―アート×茶会の新しい形 ―」
約450年前、時の天下人・豊臣秀吉が開催した北野大茶湯という空前絶後の大茶会。千利休や古田織部など著名な茶人や茶器が一堂に並び、身分に関係なく1,000人を超える人々が参加したとされる画期的な茶会です。
当時の茶会は現代のサロンでした。日本的美意識の本質を表現するフォーマットとしての「新しさ」を備えていた茶会は、時代を変革してきた者たちを吸引し、交流する場を形成していたのではないでしょうか。
そのような系譜を踏まえ、B-OWNDとHARTiは、現代にふさわしい「新しい形のアート×茶会」のイベントを、先端と文化を発信する羽田イノベーションシティにて開催します。
参加アーティストは計9人。陶芸/ガラス/硯/華/映像など多種多様な作品が5つの展示室に一堂に並びます。さらには、茶の湯文化のスタートアップ企業・(株)TeaRoomの代表および茶人でもある岩本宗涼が参加アーティストの茶器にてお茶を立て、お客様をもてなします。(※新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、お茶のご提供は20日の完全招待制のみとなります。ご了承ください。)
また、一般公開日にて、企業や個人の理念を言語化するプロフェッショナルである加来幸樹氏によるワークショップを開催し、個人の理念を言語化した上で、会場に展示されるアートと自己の共通点を見出すイベントを行います。
アート・工芸作品が映像、華、テクノロジーなどと相互に混ざり合うことで生まれる斬新な茶室空間を通じて、日本的美意識や精神性を可視化します。置かれている立場や当たり前とされる価値観は関係なく、様々な人が交流するアート茶会を目指しています。
開催期間 2021年11月21日(日)〜23日(火・祝)
VIP招待日(完全招待制):20日(土)
一般公開日:21日(日)〜23日(火・祝)
※理念のワークショップ開催:21日(日)・23日(火・祝)
開催時間 11:00~19:00
会場 〒144-0041 東京都大田区羽田空港1丁目1−4
羽田イノベーションセンター ゾーンE
アクセスはこちら
参加アーティスト
市川透、氏家昂大、古賀崇洋、酒井智也、名倉達了、奈良祐希、ノグチミエコ 、前芝 良紀、 宮下サトシ、横山玄太郎
主催 ㈱丹青社・B-OWND / ㈱HARTi
・ワークショップ
会期中、ワークショップを開催いたします。
企業理念や個人理念など覚悟の象徴となるアイデンティティの共創/言語化を行う加来 幸樹氏によるワークショップです。
参加者は、当日専用シートを使って加来氏と共に個人の理念を言語化していただきます。そこで言語化した自身の生き方や考え方の指針となる個人理念を元に会場で展示されている様々なアート作品の共通点や相違点などを探して頂きます。
アート作品のコンセプトやアーティストの生き様と個人理念が重なる作品に出合えるかもしれません。イベントを通じてアートの新しい鑑賞体験をご提案します。
開催日 21日(日)・23日(火・祝)
各日2回開催(13:00・16:00)
各回15名 ※事前申し込み制・先着順
※満席となりました。たくさんのお申込み誠にありがとうございました。
参加費 無料
お申し込みはこちら▶ 申し込みフォーム
問い合わせ先 B-OWND事務局 info@b-ownd.com
主催 B-OWND・HARTi
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