日本における白い器の歴史|志野、磁器の登場から現代アートまで

ARTIST
日本で初めて真っ白な器が焼かれたのは、江戸時代でした。
ではそれ以前、日本に白い器はなかったのでしょうか?
昔と今、「白」に魅せられた日本人たちのストーリーをひもときます。
文:B-OWND
写真:木村雄司、石上洋

はじめに

B-OWNDでは、2022年8月5日(金)より、特別企画として「涼を感じる器特集 ~アートで夏を楽しむ~」を開催します。

見た目にも涼しく、夏のシーンにぴったりなガラスと陶芸作品をご紹介する企画です。

これに際し、B-OWND Magazineでは、日本における白い器の歴史、そして今回の企画に出品するアーティストの作品を一部ご紹介します。

実は、日本で初めて真っ白な器が作られたのは、江戸時代のことでした。では、それ以前、日本の白い器にはどんなものがあったのでしょうか?

まずは、白っぽい焼き物「志野」が登場

日本では江戸時代に入るまで真っ白な陶芸、つまり磁器を焼くことができなかったようです。この頃の作品として日本に伝わる磁器は、中国などからの輸入品です。そのため、真っ白でつるりとした表面の白磁や、白磁をベースに淡い青みがかった青磁は、 大変な貴重品であり、長い間日本人にとって憧れの存在でした。

そんななか、桃山時代(16世紀後半)頃に、ようやく国内でも「白っぽい」器が登場します。それは、美濃で焼かれた「志野」(しの)です。

加藤亮太郎《志野酒呑》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:木村雄司

「志野」は、白釉肌に赤い火色が表れた焼き物で、ぽってりとした厚みや柔らかな乳白色が特徴的な陶器です。紅志野、鼠志野、小倉志野などいくつかのバリエーションがあり、現在でも人気のある焼き物です。志野は、桃山時代に焼かれた「桃山陶」のひとつで、B-OWND参加アーティストの加藤亮太郎氏は、この桃山陶に取り組んでいる現代アーティストです。

磁器の登場

井上祐希《Dripping Bowl S WHITE》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:木村雄司

江戸時代に入った17世紀頃、有田で日本で初めて磁器が焼かれたと言われています。磁器とは、ガラス質を多く含み、高温焼成によりガラス化の進んだやきものです。素地は白色で、ガラス質のため透光性があります。代表的なものに、有田焼や九谷焼などが挙げられます。

なお、磁器についての詳細は、こちらの記事をご覧ください。

「陶芸の基礎知識 ―陶磁器の種類と特性、産地―」

有田焼とストリートカルチャーの融合を目指す 井上祐希

磁器の焼成が可能となって以降、有田を中心に「白」をいかした、色鮮やかな絵付(上絵)が発展し、私たちがよく知る色鮮やかな絵付けの有田焼が生まれました。現在、有田焼の窯を経営する陶芸家・井上祐希氏も、白い肌を生かし、そこに色鮮やかな色彩を施した作品を制作しています。

しかし井上氏は、伝統的な絵付けによる有田焼とは、一風変わったスタイルの作品を制作しています。

彼が作品によく用いる技法は、「釉滴(ゆうてき)」と呼ばれるものですが、これは筆にたっぷり釉薬をふくませ、あえて筆をコントロールせずに振り、無意識に浮かび上がる模様の偶然性・即興性を楽しむものです。彼は、ストリートカルチャーの精神やグラフィティアートに影響を受け、それらの精神を有田焼に融合させようとする試みを行っています。

井上祐希《Dripping Scratch Ware》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:木村雄司

複数色を使うことでレイヤーが生まれ、より作品に動きや深みが出ており、また筆の強弱の変化、スクラッチ(走り書き、擦れ)によって、アブストラクトなグラフィティアートを思わせる「即興性」や「躍動感」、「存在の主張」が強調されています。 《Dripping Scratch Ware》 は、有田焼の素材や技法を活かしつつも、それらを新しい姿へとアップデートした作品です。

白磁の「白」をそのままいかした造形美の追求 高橋奈己|山浦陽介

写真:木村雄司

一方で、色彩のない、白を生かしたやきものによって、造形を追求するアーティストたちもいます。白一色であることよって、素材のテクスチャーや造形が際立ち、かえってアーティストの個性がとてもよく表れます。

高橋奈己氏は、果実やつぼみなど、自然が生み出すアシンメトリー(非対称)な造形の美しさに魅せられて以降、継続してそれらをモチーフに作品を制作しています。

高橋奈己《実》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:木村雄司

高橋氏は、彫刻的な美しさを学ぶためにイタリアへ留学した際、西洋の陶器を知れば知るほど、現地の美術館で見る日本の作品にばかり目がいくようになったと言います。

もともと、果実やつぼみなど、自然が生み出すアシンメトリー(非対称)な造形の美しさに魅せられていた高橋氏は、そこから欧米とは異なる美的感覚を追求することになりました。

高橋奈己《白磁茶碗》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:木村雄司

きめ細やかな磁土の質感、そしてなんといってもその白の美しさに惹かれていた高橋氏は、この素材をいかしつつ、理想の造形を創るために、手間のかかる工程を経て作品を制作します。それは、モチーフである非対称な形の「果実」を抽象化し、磁土で複雑な形を作り上げられる『鋳込み』という技法を用いるものです。

「白い空間にいると、ほっと心が落ち着きます。」と語る高橋氏の白磁は、エッジが効いた造形ながら、その曲線には柔和で優美な品格があり、彼女が見る理想の白の世界を垣間見ることができるようです。自然光が当たったときに作品に浮かび上がる、理想的な陰影のグラデーションがみどころです。

写真:石上洋

山浦陽介氏もまた、白磁に魅せられたアーティストです。

山浦氏は、デザインと工芸、そしてアートという、近いようで遠いそれぞれのカテゴリーを横断するアーティストです。大学でプロダクトデザインを学んだことから、芸術的なものを機能的に考え、機能的なものにも芸術性を見出すことが習慣となっていきました。プロダクトデザイナー、職人、そしてアーティストが一体化したジャンルレスの作品を生み出すことを目指した結果が現在の作風に繋がっています。無駄を省いた緊張感ある造形は、まるで近代建築のような水平と垂直が多様に重なり、絶妙なバランスが創造されています。

山浦陽介《構築する器 八面螺旋組酒碗3》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:石上洋

《構築する器 八面螺旋組酒碗》は、その規則性を持った型の組み合わせによって生まれる造形の面白さや、鋳込みという技法を用いることで際立つ、白磁の滑らかな表情を楽しむ酒器です。

山浦陽介《構築する器 八面交線組酒碗》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:石上洋

ぐい吞み《構築する器 八面螺旋組酒碗》は、45度の石膏板による組み合わせで造形されています。陶芸には、手で形をつくっていく「手びねり」や土を回転させながら造形していく「ロクロ」の手法がありますが、この石膏板を使った方法では、そのときどきの感情も入れながら即興で作品を形づくることができると言います。山浦氏は、ここにアート作品としての表現が生まれるとして、この制作方法が自身が掲げる「デザインと工芸、そしてアートを横断する」作品を成すものであり、自身にマッチしていると語ります。

この作品には強化磁器土が用いられてるため、より割れにくく、また内側に施された釉薬によって汚れも付きにくい点など、実用面の使いやすさも追求されています。これは、プロダクトデザインを学んだ山浦氏らしい視点です。

「白」をいかしたさまざまなスタイルの作品 横山玄太郎

横山玄太郎《淡い白》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:木村雄司

アメリカで陶芸に出会ったという横山玄太郎氏は、またひと味違ったユニークな作品を制作しています。横山氏の作品は、いい意味で日本の伝統工芸のイメージを感じさせず、どれも目新しさのある作品ばかりです。水玉やストライプによるポップなリズム感、まるで人格をもって動き出しそうな生き物を思わせる器など、カラフルで自由な遊び心がさまざまにちりばめられています。作品によって、磁器、陶器と、素材を使い分けていることも特徴です。

横山玄太郎《プードル》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:木村雄司

また、一見オブジェのように見えても、実は「使える」作品も多くあります。たとえば、ピンクの球体と長い足が特徴的な《プードル》はぐい吞みとして、また、足が波打つように伸びる《淡い白》は、抹茶碗としてもお使いいただけます。

また横山氏は、白について次のように述べています。

「白という色は、主役にも引き立て役にもなれるし、どの色ともケンカをしない。それでいて、存在感がある、特別な色です。」

横山玄太郎《擬岩茶碗》
作品販売ページ
アーティストページ
写真:木村雄司

カラフルな作品では引き立て役に、白をメインにした作品では、素材のテクスチャーや造形を際立たせるといった特徴を踏まえ、横山氏はその特性をいかしながら、さまざまなスタイルの作品を生み出しています。

おわりに

日本人にとって、憧れの存在であった白い器は、スタンダードになった今でも、特別な存在感があります。

現代アーティストも「白」の魅力に惹かれ、それをいかにいかすか、それぞれのアプローチで作品を制作しています。

シンプルだからこそ、より個性が表れる白い器。B-OWND一押しの作品で、ぜひ、この夏の「涼」をお楽しみください。

【お知らせ】

期間限定の特設サイトにて、「涼を感じる器特集 ~アートで夏を楽しむ~」を開催します。

猛暑が続く2022年の夏。

四季がある日本には、夏に「涼」を求め、この季節を楽しむ文化があります。音が涼しい風鈴、味覚から涼を取り込むかき氷や、さらりとした肌触りの浴衣など、五感を使って「涼」をとるさまざまな工夫があります。

B-OWNDでは、この夏におすすめの作品として、「涼を感じる器」特集を開催します。

見た目にも涼しく、夏のシーンにぴったりなガラスや白い陶芸作品をご紹介する企画です。アーティストたちが手掛ける魅力的な器で、ぜひ、この夏の「涼」を感じてみませんか。

【参加アーティスト】

井上祐希、高橋奈己、ノグチミエコ、横山玄太郎、山浦陽介

【特設サイト】

https://hs.b-ownd.com/white_vessel_2022