コレクターズインタビュー 「起業家」というアーティストの心根 | 良き変化の起点を生み出すZaPASSの始まり(前編)

LIFESTYLE
芸術は自分との対話から紡ぎ出された表現活動です。
日々、生きるなかで心の奥底から湧き出る喜怒哀楽の感情が新しい価値を帯びて結晶化される。
その営みは決して絵画や彫刻だけの世界に留まるものではありません。

ミレニアル世代の「起業」と聞けば、
革新的でアグレッシブな選択としてきらびやかな印象を持たれる方たちもいるかもしれませんが、
その人を起業家たらしめる物語を紐解いてみると、
その人ならではの感情や思想が脈動している。
そこには、アーティストに通じるものがあります。

コレクターズ・インタビューvol.3では、ZaPASS JAPAN株式会社の代表取締役CEO・足立愛樹さんのインタビューを通して、
「起業家」というアーティストの心根に迫りました。
「失われた30年」という時代に生まれ、
現代社会のビジネス環境が削ぎ落としてきた「人間らしさ」を取り戻したいという足立さんの熱意に触れて、
思わず仕事を忘れて話し込んだ有意義なひと時をご紹介します。
インタビュー・文・構成:石上賢・森本恭平
写真:柳沼桃子

PROFILE

足立愛樹

ZaPASS JAPAN株式会社代表取締役 CEO / Founder2012年立命館大学理工学部を卒業後、新卒で50名弱の(株)イルグルム(旧ロックオン)に新卒入社。以後3年連続MVP、最年少マネージャーを経て、マーケティング領域のビックデータ分析を扱う国内シェアNo1製品の製品企画・戦略に従事。20177月に現在13カ国に拠点を持つ急成長スタートアップAnyMind Groupの香港法人立ち上げで入社。 2年で35名の組織へと成長させ、中国大陸・香港・台湾・フィリピンの日系リージョナルヘッドとして組織をまとめる。その後グループの社長室にて新規事業責任者・M&APMIPR・マーケティングを兼務。20208月、同社との雇用関係をジョブ型に切り替え、日本・オランダ2拠点でコーチングプラットフォームを提供するZaPASSの経営に専念。

「起業家」というアーティストの心根

足立愛樹さん

質問1:足立さんがアートに興味を持ったきっかけは何ですか?

足立さん:僕はアートの世界に向いていないと思っていました。美術の成績も全然良くなかったので……(笑)もちろん、映画や絵画を見て、アーティストの世界観に感動することはありました。でも、芸術に関心があるかといえば、そうではなかったんです。

ただ、香港で仲良くなった友人が「愛樹くんの人生や仕事に対する姿勢って、すごいアーティスト気質だよね。出来合いの物差しで何かをするというより、自分の精神性から命の使い方を決めているっていうのかな」と言ってくれて、「どういうことだろう?」と疑問に思ったことがきっかけで興味を持つようになりました。

振り返ってみると、僕は既存の選択肢に捉われない新しい活路を見出すことを大切にしてきました。例えば、「A or B」という二者択一を提示されたとしても、「こうすれば、AとBのどちらも諦めずに済むのではないか?」と未来の可能性を主体的に模索する姿勢を意識し続けてきたんです。Aでも、Bでもない。すべてを活かすZ軸が必ずあるはず。こうした価値観は、今まで歩んできたキャリアや起業の方向性にも大きく影響していると思います。

―:足立さんは大学卒業後、海外で働かれていますが、どのような背景があったのでしょうか?

足立さん:素直に海外で働くことに「憧れ」を持っていました。ありのままに話すと、家庭の経済状況が厳しかったので、中学時代から「家族は自分が支える」と思って生きてきて、やりたいことがあっても、それができない。同世代の友人が留学など行きながら伸び伸びと過ごしているなかで、やたらとしっかりしたタイプだったと思います(笑)

大学進学後もお金の余裕がなかったので、特待生になって学費を減免し、アルバイトをしながら生活をしていました。そのなかで、シンガポールに二週間滞在できることになって、19歳で初めて海外に行ったときは、自分の外側にある枠が広がっていくような感覚でした。

経済苦で未来の選択肢が狭まる閉塞感を抱いてきたから、「海外で働く」ことには強い憧れがありましたし、心の奥底にしまっていた感情が爆発的に広がった瞬間だったんです。

―:今の話を伺って、ご友人が「アーティスト気質」と仰った意味が少しだけわかったような気がしました。アーティストといえば、絵を描いたり、石を掘ったりするような美術的なシーンを思い描く人たちも多いのかもしれませんが、一人ひとり話してみると、だれもが感受性が豊かで純粋な心の持ち主なんです。

だからこそ、社会のなかで行き場を失ったり、言葉にならない複雑な感情の圧迫で心を痛めたりする。その葛藤が無色透明の心根をいろんな色に染め上げて、それらが何かの拍子にドドっと脱色されて現れ出たもの。アーティストでいえば、それが作品だし、足立さんでいえば、それが海外で働くことや起業だったのではないでしょうか。

足立さん:まさに、そうだと思います。昔から「居ても立ってもいられなくなる」瞬間がよくあったんです。人の悲しみが心に浸透して胸が痛くなるというか……。

東日本大震災が起きたときも、最初は「ジブンゴト」に感じられなかったのですが、新聞に掲載された赤ちゃんを抱くお母さんの写真を見た瞬間、何もせずにはいられなくなって、友人と車を走らせて東北に向かいました。

こうした気質もあって、ビジネスの世界で力をつけて、逆境に強い、あるいは苦しみに覆われない組織づくりや戦略を探求してきたんです。

―:感情がドライブしたときに生まれる行動力って凄まじいものがありますよね。

足立さん:そうですね。僕は心の琴線に触れた感情的なエネルギーを解き放ったほうが全力を出し切れるタイプだと思います。本音を飲み込んで結果を追求することもできますが、感情を殺した分だけ心に負荷がかかる。周りのことを思うと、そのほうが都合よくやり過ごせることもありますが、「内観」の伴わない行動は違和感を生み出して、いずれ自分に重たくのしかかってくる。

ただ、こうした境遇にあったらからこそ、「だれもが”人間らしく”いられる社会を創りたい」というジブンゴトが生まれたと思っています。

その熱意を具体的な行動に落とし込んで表現したものが「起業」なので、アーティスティックなものだと言ってもよいかもしれません。芸術家が作品を通して人びとを感動させているように、事業を通して人びとの日常に良い変化を生み出したいと願っています。

この想いをカタチにするからこそ、細部にこだわりたくなるし、サービスを利用してくださる人たちの心にも敏感になる。その意味では、仕事や起業も表現活動なんですよね。

―:一概にはいえませんが、お話を聞けば聞くほど、「起業すること」は、アーティストが作品を世に出す感覚と似ているような気がします。人生を歩むなかで体感してきたものを表現するという点で、起業家とアーティストには親和性があるように思います。

成果主義が削ぎ落としてきた「人間らしさ」と向き合う

質問2:足立さんは、なぜアート作品を購入しようと思ったのですか?

足立さん:あくまでも自分の感覚なのですが、奈良さんの動画を見たとき、心の底から「わかる……」という言葉の連続だったんです。3DCADで計算し尽くされた骨と絶えず変化する花が混在する世界観が【合理性と無常観】の狭間に価値を見出してきた自分と通じるものがあったというのでしょうか……。

―:現在、【合理性と無常観】の狭間について、何か思われていることはありますか?

足立さん:そうですね。VUCAの時代といわれるようになって、成果主義が削ぎ落としてきた「人間らしさ」に焦点が当たり始めていると思います。よく誤解をされるので、さきに伝えさせていただくと、決して結果を出さなくていい、自分らしくあれ、というのではありません。成果を出すうえでも、個人の幸せの観点でも、「人間らしさ」がテーマになるという意味です。

これまでのように「ひとつの正解が通用する世界」では、一部の人たちによるトップダウン型の組織モデルが主流でした。ゴールを達成するために必要なパーツを組み合わせた「最適解」からコントロール可能な状態を作り出す。人間をシステム化したほうが再現性も高くなるので、成果を出しやすかったと思います。

でも、平成のミレニアル世代として「失われた30年」を生きていくなかで、言われるがままに自分を犠牲にして努力することが、本当に社会・組織・自分の幸せにつながるのか。半ば強制的に考えざるおえない状況に直面している世代だと思います。稚拙な例えかもしれませんが、与えられたことを頑張るよりも、「何を頑張るのか」を見極めようとする人たちが、この世代には多くなっているのではないかというのが僕の感覚です。

こういう疑問が若者世代を中心に広がっていけば、従来と同じようなマネジメント手法は通用しなくなると思っています。

―:そのとおりですね。私は「不確実性」が時代を読み解くキーワードになっていると思っています。昨日まで思い描いたものが明日には通用しなくなる。社会全体で「いつ、何が起こるか、わからない」という現実を体感する頻度が短くなっている気がします。21世紀の初頭から、9.11アメリカ同時多発テロ、2008年のリーマンショック、3.11福島第一原発事故、そして新型コロナウィルスの感染拡大など具体例を挙げればキリがありません。

未曾有の事態を連続的に経験するなかで、「いざという時に自分を守ってくれるもの」が会社組織ではなく、個人の自立や他人との信頼関係に移り変わりつつあるのなら、ひとつの企業で自分を犠牲にしてまで働くことに疑問を持つのは当然なのかもしれません。

しかし、こうした問題意識について、それを真剣に問いかける営みがまだ成熟しきっていない。今が黎明期だと思います。

市川透さん・リベラリズム

足立さん:自分を守ることもそうですが、そのさきにある「自分が大切にしたいヒト・コトを守るにはどうすればよいのか?」という問いと今まで以上に真剣に向き合う必要があると思います。

僕の周りにいるビジネスパーソンを見ても、優しくて、強い人が多いと感じています。その人たちの多くは、自分らしく生きながらも、組織の目標を達成し、家族や知人も大切にしたいと願っています。でも、大切にしたいものが複数あると必ず葛藤が起きる。

社会構造の中にある「ものさし」で生きている場合、自分らしさを排除して葛藤を解決したほうが楽なことが多いのですが、長い目で見ると、思考、感情、実践がバラバラに拡散して「一体、自分は何のためにここにいるのだろう」という自己矛盾に陥いる可能性があります。

ZaPASSとして最初に「ビジネスパーソン向けのコーチングプラットフォーム事業」を創ったのは、ここへの強い課題意識と、コーチングで問題解決を図ることで、個人の幸福と経済指標の両軸でインパクトを起こせるという確信があったからです。

すべてのビジネスパーソンが目の前の「How」に囚われることなく、組織の在り方、そして自分の生き方から全体を俯瞰して「自分と環境を結ぶ価値」を見出すことができれば、さまざまな領域が「ジブンゴト化」すると思います。そうなれば、活き活きとした大人が増えて、その姿を見た子どもたちは大人になるのが楽しみになるはずです。

―:なるほど。アートの歴史はそれぞれの時代のなかで、人間のあり方を問うてきたと思うんですよね。社会的矛盾に挑戦したり、固定概念を解体したりすることで人間を解放してきた。中世のルネサンスで誕生したアート作品が良い例です。

芸術といえば、絵画や彫刻など「目に見える」作品を鑑賞することに重きを置きがちですが、本当は「目に見えない」人間の心や物語を大切にしてきた領域なんです。日本の美術教育は、「技術」を教えることばかりなので、その価値を感じづらいのですけど……。

足立さん:なるほど。僕は美術が「2」でアートには向いていないって思ってましたが、少し救われた気持ちです(笑) 今までは、自分が大事にしている精神性を忘れないように、よく一人旅をして自然の景色を眺めていました。例えば、滝を見ていると、一瞬たりとも同じところに留まることがない。「すべては絶えず変化するんだよな」という感覚を取り戻すことができるんです。

でも、奈良さんの作品があれば、旅をしているときの自分の感覚とつながるような体験が家の中でも毎日できると思いました。合理性と無常の価値観がぶつかって溶け合うなかで「今、何を表現したいのか?」と自分に問いかけられるんです。その価値はコーチングにも似たようなものがあって実感していたので、アート作品を購入することは自己表現であり、自己投資にも近い感覚です。

―:自分が大切にする「人間らしさ」とダイレクトに向き合える。これがアートを日常に取り入れるひとつの価値なのかもしれません。「失われた30年」が削ぎ落としてきた人間らしさを復興させるには、「人間のあり方」や「感情・本音」と本気で向き合えるものが求められている。今はまだ、地下水脈のように存在している意識なのかもしれませんが、足立さんの事業は、そこにいち早く着目しているんですね。

【ZaPASSのリンク】

コーチングを受けたい方:https://zapass.co/

コーチングを学びたい方:https://zapass.co/academy/

マネジメントにコーチングを活かしたい方:https://zapass.co/management-academy/

【後編に続く】

▷ 良き変化の起点を生み出すZapassの始まり

▷ 次世代の子どもたちが大人になるのが楽しみになる社会をつくりたい