コレクターズインタビュー ”いのち”と向き合い、問い続ける若手のアートコレクター

LIFESTYLE
このさき、どこに向かっていけばよいのだろう。「人それぞれ」という価値観が行き交うなかで、
だれもが自らの佇まいを見つめ直す鏡を探している。
ビジネスという現実と格闘していると、自分を見失いそうになる瞬間がある。
アート作品は若者に馴染みのないものと感じる人もいるかもしれない。
しかし、不確実な時代を生きるミレニアル世代のなかには、アートの世界を通じて自分の心と対話する人たちがいる。
日常生活にアートを取り入れることで一体、どのような変化や気づきがあるのだろう。
コレクターズ企画第2弾では、スタートアップや大企業などの様々な課題をクリエイティブで解決する藤井翔太さんに、
アート作品をコレクトする魅力、そこに見出される生き様の価値についてインタビューしました。
インタビュー・文・構成 石上賢・森本恭平
写真 藤井加純

PROFILE

藤井翔太|Co-creative producer. 1988年京都生まれ。立命館大学を卒業後、現代アーティストと共にObject of Null Inc.を共同設立。様々なアートプロジェクトと同時に大企業のR&Dや経営企画室、ベンチャー企業のクリエイティブワークを担当。“半径数mの幸せと、社会全体の幸せをつくる“を掲げ、「SAIL HUS – 葉山一色海岸の海の家」「THE PERSON – プライベートジムシェアリング」など場所を起点とした様々な事業を手がける。現在は街や公園、スタジアムといった場所の“余白“を新たな繋がりに変えるシビックテック「Be」プロジェクトを推進。FMG株式会社取締役。

アートを通して”いのち”を見つめる

質問1 藤井さんがアート作品に興味を持ったきっかけは何だったんですか?

藤井さん:大学生の頃、アートにまつわる印象的な体験がありました。スペイン・バルセロナのミロ大美術館で『死刑囚の希望』 という作品を目の前にしたとき、涙が自然にこぼれ落ちてきたんです。

>> 死刑囚の希望 (La esperanza del condenado a muerte) <<

―― :何か胸を打つものがあったのでしょうか?

藤井さん:僕にも理由は分かりませんでした。でも、ずっと心に残っていて、「一体、あの涙は何だったんだろう?」と考えるようになりました。振り返ってみると、小さい頃に母親が毎週のように美術館に連れていってくれたことが、知らぬ間に自分の感性を研ぎ澄まさせてくれていたのかもしれません。
また、2011年3月11日の東日本大震災で自分の人生観が大きく変化しました。

―― :藤井さんにとって、「3.11」はどういうものだったのでしょうか?

藤井さん:当時、僕は広告業界を目指して就職活動の真っ只中でした。最終面接を受けるため、東京行きの新幹線に乗っていたのですが、途中で地震が発生しました。トンネルで停車して、9時間立ち往生。到着後、東京も大変な状況で、そのまま面接先の社長と話をして、採用を見送っていただきました。

震災の影響で広告業界は自粛ムード。いのちの危機が訪れたときには無くなる仕事だったことに衝撃を受けました。そして、まだ何者でもなかった僕は「これからどうすべきか?」を自分に強く問いかけたんです。
既存の価値観が一瞬にして崩れ去ったことで、「本当はどうしたいのか?」という根っこの気持ちと向き合いました。そして、だれも経験したことのない未曾有の事態が起きたとき、「何ができる自分でいたいのか?」に気づくことができたんです。そこから、僕は“いのち”と向き合う仕事に携わりたいと思うようになりました。

―― :あれから九年の歳月が経ちましたが、3.11は、私たちが先行き不透明な社会のなかで生きているという現実を提示していたと思います。そして、いざという時にこそ、自分の性根が試される。よるべくものが失われたとき、人びとは何に根を下ろすのか。社会全体の価値観が大きく問われていました。藤井さんのいう「“いのち”と向き合う」とは、どういうことなのでしょうか?

藤井さん:これは言葉では表現しづらいのですが、あえて言うなら「問い続ける」ということでしょうか。既存の価値観をただ受け入れるのではなく、自らを主体的に変化させながら、世界を捉え直していく。そのためには、「これはこうあるべきなのか?」と問いをたてながら、生きていくことが必要だと思います。

―― :たしかに、論理的に正しそうな「答え」が一方的に求められる現代で、「問い」と真剣に向き合う機会は少ないのかもしれません。未来を創造する力は過去、そして現在のあり方を問うことから始まると思うのですが……。

藤井さん:そうですね。答えのない問いを解くには「勇気」が必要です。もしかしたら、失敗するかもしれない。バカにされるかもしれない。努力が報われるとは限らない現実がある以上、だれだって「みんなの知っている正解」のなかで生きていたいはずです。しかし、東日本大震災のような予測不可能な出来事が起きると、私たちが信じていた「常識」はいとも簡単に崩れてしまう。

―― :そのとおりだと思います。

藤井さん:だからこそ、僕は「終わりのない問い」と格闘しているアートの世界、アーティストの生き様に大きなリスペクトを抱いています。芸術を通して答えを出したり、問いを立てたりする彼らの創造性に触れたことで、いのちと向き合う姿勢のヒントを得ることができました。そこから、自分なりの視点で世の中をより良くするための問いを持って生きたいと思ったんです。

なぜ、アート作品を購入するのか?

質問2 藤井さんはなぜ、アート作品を購入しているのですか?

藤井さん:繋がりができたアーティストの作品を買ったとき、その価値観を「身にまとったような」感覚を知ってから購入するようになりましたね。今までは無数に存在する素晴らしい芸術作品の中から、何かを選んで買うということができませんでした。

―― :たしかに、この世にある幾万のアート作品からひとつを選択する意義は、言語化しづらいかもしれません。藤井さんの場合は、「身にまとう」という感覚がアート作品の購入に関わっているということですが、具体的にどういうことなのでしょうか?

藤井さん:アーティストは作品を通じて、さまざまなメッセージを表現していると思うのですが、そこに強い共感を覚えることがあります。「この考え方や生き方はかっこ良すぎる」と目指すべき指標になることもあれば、「僕もそう思う!」という良き友人を得たような気持ちになることもある。 友人を介して初めてアート作品を購入したとき、家で作品を目にしたり、触れるたびにその価値観に触れられることに気付きました。玄関先や、目に見えるところに置いているのですが、ふと目にしたとき、そのアーティストの価値観が心のなかで、ほのかに香ってくるというか……。

―― :わかる気がします。藤井さんのいう「身にまとう」とはファッションというよりも、コミュニケーションのようなものなのですね。
藤井さん:そうですね。この世界には、たくさんのアート作品がありますが、今、この作品が持つものに共鳴している。その瞬間を「身にまとう」ことで、アートを通して世界と繋がることができるのかもしれない、そんなことを初めて作品を購入して気付かせてもらったと思います。

心に残る作品たち

質問3 藤井さんの心に残る作品をご紹介していただけませんか?

藤井さん:僕の家にある作品では、「Series of White Painting」「氷上の剣闘士」「ブラックホール」を紹介したいです。

作品1 『Series of White Painting』

《 Series of White Painting 》

藤井さん:コンテンポラリー・アーティストとして注目の若手から『ホワイト・ペインティング』という作品を贈っていただきました。

―― :どのような作品なのでしょうか?

藤井さん:この作品は一見すると何の変哲もないホワイトカンバスですが、街行く人に声をかけ、さまざまな国や人種、性別の人たちの接吻が刻印された愛と信仰のペインティングシリーズです。

―― :ホワイトボードに何かが書かれているのではなく、目には見えない「背景」が存在している……。

藤井さん:おそらく作品の持つ本来の意味性からは離れているかもしれませんが、共同体の最小単位である僕と妻の物語をカンバスの中に留めておける作品として、本当に嬉しかったので飾っています。作品の物語に加わって、自分たちの結婚したときに気持ちを永遠に留めたようで不思議な感覚です。アートの味わい方は決して見たり、 聞いたりするだけじゃないのだと思いました。

作品2 『氷上の剣闘士』

《 氷上の剣闘士 》

藤井さん:僕が中村弘峰さんの『氷上の剣闘士』を購入したのは、世代を超えて積み重ねられた伝統を守りながらも、現代人として生きる自分の表現を追求する革新的な姿に勇気をもらったからです。

―― :まさに、人形師の技術は人類の遺産ともいうべき歴史があります。中村さんの作品には、それを同じように繰り返すのではなく、らせん階段のように同じ形を描きながらも上昇していく「伝統のなかの革新」 ともいうべき精神性があるのではないかと思っています。

藤井さん:はい。僕も既存の枠組みをただ否定するのではなく、それらを活かした新しい視点で社会をよりよくしていきたいと願っているので、中村さんのスタイルに共感しています。この人形を見るたびに、「今、どのように既存の価値観と向き合っているのか?」を問われる気がするんですよね。自分の背筋が伸びるといいましょうか。

―― :伝統と革新は対立的に捉えられがちな価値観ではありますが、お互いを活かす第三の道にこそ、過去、現在、そして未来をつなぐ知恵が生まれると思います。型破りも破る「型」があるから成り立つように、問いもまた前提となる過去の存在が不可欠です。そこを活かそうと苦闘するなかで、今まで以上に良きものが紡がれていくのかもしれません。

作品3 ノグチミエコ『ブラックホール』

ノグチミエコさんの 《 ブラックホール》

藤井さん:ノグチミエコさんの『ブラックホール』は直感的に選びました。自分が純粋に「いいな」と感じたアート作品の背景を後から少しずつ紐解いていく。これもまたひとつの楽しみ方だと思います。きっと何か理由があるはずなんです。

―― :アート作品の背景を理解して購入しなくてもよいというのは新鮮な意見です。ノグチさんの作品には、自然、地球、宇宙の壮大さがガラスのなかに吹き込まれています。作品を購入した人たちに手のひらで世界を感じてもらいたい。これがノグチさんの想いです。

藤井さん:僕も買ってから『ブラックホール』を手のひらに乗せて眺めていました。ガラス玉の中に浮かぶ無限の広がりに引き込まれていくような気持ちでした。作品を通じて想像も及ばないような宇宙を感じられる。こんなことって、日常ではありませんよね……。 だから、僕はノグチさんの作品に魅了されたのだと思います。

―― :きっと、だれもが未だ知られざる宇宙の神秘について想いを馳せた経験があると思います。一人の人間と果てしない宇宙。ノグチさんの作品を眺めていると、自分という小さな存在のなかにひしめく無限の可能性を感じられる。宇宙飛行士でない限り、自分の目では見られない宇宙を手のひらで見つめる瞬間には人類の夢が詰まっているような気がしてなりません。

問いを続けることが、自分自身をアップデートしていく

質問4 最後に、藤井さんにとってアート作品と過ごす時間はどのようなものですか?

藤井さん:日常生活を過ごすなかでアート作品を目にしたとき、自分の心と素直に向き合うことができます。 「こうあるべきだよな……」 「僕もこうありたい……」 アーティストの生き様を介

して自らに問いを立て、心の奥で脈動している願いのようなものが露わになる。
それは普段、見落としがちな自分の感性と出会い直す瞬間といってもよいかもしれません。それは、自分自身を”アップデート”する問いを育む貴重な時間です。 みなさんもぜひ、アートを通じて”いのち”と向き合う”問い”を見つけてみてください。

―― :藤井さん、ありがとうございました。