コレクターズインタビュー 若手のアートコレクターに聞く|自らの佇まいに問う本気の生き様

LIFESTYLE
このさき、どこに向かっていけばよいのだろう。
「人それぞれ」という価値観が行き交うなかで、
だれもが自らの佇まいを見つめ直す鏡を探している。
ビジネスという現実と格闘していると、自分を見失いそうになる瞬間がある。
アート作品は若者に馴染みのないものと感じる人もいるかもしれない。
しかし、不確実な時代を生きるミレニアル世代のなかには、
アートの世界を通じて自分の心と対話する人たちがいる。

日常生活にアートを取り入れることで一体、どのような変化や気づきがあるのだろう。
コレクターズ企画第1弾では、スタートアップ・インキュベーターとして多方面で活躍する
エアーズ・ジェフリー・正明さんに、
アート作品をコレクトする魅力、そこに見出される生き様の価値についてインタビューした。

文・写真:B-OWND

PROFILE

エアーズ・ジェフリー・正明

2014年より香港を拠点とするコンサルティング会社にて日本企業の海外進出にまつわるコンサルティング業務に従事。2015年から2018年まで同社の新規事業の立ち上げに従事し、香港から日本進出までの業務に携わる。現在はBINARYSTAR株式会社にて、ブロックチェーン産業のビジネス・アクセラレーションを担当。また、Growthix Capital 株式会社でファンド組成やM&Aクロスボーダー案件に関する海外顧客の開拓を担当。そのほかにも、デザイン・ディレクション、コーチングなどの複数のスタート・アップ企業に携わるゼネラリストとして活躍している。

アートの世界に魅せられて

質問1 ジェフさんがアートに興味を持ったきっかけは何だったんですか?

ジェフ 僕がアートに興味を持ったのは、学生時代に音楽との出会いがあったからです。当時、ロックミュージック、HIP HOPのアーティストが表現する音楽を聴いているうちに、心を覆うモヤのようなものが晴れていく感覚がありました。今、思い返してみると、彼らの音楽が当時の自分では消化しきれない複雑な感情を包み込んでくれていたのでしょう。

若者であれば、だれもが「何のために生まれてきたのか?」と悩むときがあるかと思います。特に、僕は日本とアメリカのハーフだったので「自分とは何か、そして、どのように生きればよいのか?」というアイデンティティの葛藤を抱えていたんです。

―たしかに、若者は未来に向かって生きています。だからこそ、先行き不透明な社会で「どこに向かっていけばよいのか?」と苦悩する人たちも多いのではないしょうか。アートには、こうした人々の心に寄り添う力があるということでしょうか?

ジェフ 必ずしもそうとはいえないと思いますが、自分の心を代弁する音楽と巡り合ったときは「この感情は自分ひとりだけのものじゃないんだ」と心が世界に広がるような経験をしたのは事実です。

また、僕がアートならではの力として着目しているのは、人間の喜怒哀楽を作品として表現することで「行き場のない感情がエンターテイメントになる」ということです。

―行き場のない感情がエンターテイメント?人と人を結びつける力があるということですか?

ジェフ 例えば、筆舌に尽くしがたい経験から生まれた怒りの感情は、相手に向けられると暴力になる場合があります。また、人によっては受け止めきれず、重荷に感じることもあるでしょう。

ところが、アート作品として世界全体に共有されることで、「鑑賞する人の感性」に委ねることができる。これは自分が他者や世界に向けて心を開く絶妙なコミュニケーションであると思います。

―たしかに、自分の気持ちにフタをするのでもなく、相手に一方的に突きつけるわけでもない。アート作品として感情が表現されることで他者に鑑賞する「自由」が与えられるというのは、実に興味深いことですね。

ジェフ はい。こうしたアートの可能性に魅せられてから、僕は芸術に強い関心を持つようになりました。

なぜ、アート作品を購入するのか?

質問2 アート作品を購入するようになったきっかけは?

ジェフ 僕がアート作品を購入するようになったのは、大きく2つの理由があります。ひとつは、自分が共感するアーティストの「生き様」に触れていたいと思うようになったからです。

―「生き様」に触れていたいとはどういうことですか?

ジェフ 僕にとって、アート作品はアーティストが「命という時間」を全力で投下した生き様の結晶だと思っています。だれもが経験あることかもしれませんが、自分が真心を込めて描いた絵や作ったものには「思い入れ」が生まれますよね。モノに自分の心が宿るというか……。

―たしかに、こどもが一生懸命、描いた絵には、お母さんを喜ばせる力があります。そこに上手い下手は関係ない。その子の「気持ち」が母親を笑顔にする「絵」となるわけです。その意味では、作品に生き様や真心が映し出されるというのはよく分かります。

そのうえで、アーティストの生き様に触れることには、どのような意義があるのでしょうか?

ジェフ 資本主義社会で活躍するためには熾烈な競争を乗り越えていかければなりません。そのためには、ハイプレッシャーな環境で結果を出す実力が求められることもあります。しかし、結果を出すために合理性を追求する環境で働いていると、自分を見失いそうになるときがあるんです。

―ジェフさんにも、そのような時があるんですか?

ジェフ はい(笑)今でこそ、複数の企業に携わって、自分らしい舞台を広げていけるようになりましたが、そこに至るまでの5年間は苦労の連続でした。特に、スタートアップ企業は、すべてを0から作り上げなければいけません。

大企業や有名なベンチャーと違って、人もいなければ、資源もない。それでいて、結果を出せなければ退場の「UP OR OUT」。

毎日が綱渡りで余裕なんてありませんでした。そのなかで、心から尊敬するアーティストの絵を眺めたり、音楽を聴いたりしていると、自分が大切にしてきた熱情を思い出して、我に返ったかのような気持ちになるんです。

―アートを通じて自分の原点を振り返る……。

ジェフ そうです。一人の世界に閉じこもるよりも、心から感動したアーティストの作品を介して自分の心と向き合う時間を過ごしたほうが何千倍も価値的だと思っています。その空間は一人に見えても、独りではない。厳しい環境に身を置いているがゆえに、自分が自分を忘れてしまうときもあるんです。

だからこそ、自らが求める価値観を人生を賭けて表現するアーティストの存在は支えになりました。そして、もうひとつは、自分とは異なる価値観と出会った感動を忘れずにいたいと思うときに作品を購入しています。

―異なる価値観と出会ったときの感動とは一体、なんでしょうか?

ジェフ そうですね。「こんな風に世界を生きている人がいるのか!」と今までに見たことのない新しい世界観と出会ったときは、視野が大きく開けていくような感覚になります。

特に、ビジネスの世界では、未来が無限の可能性に満ちているにもかかわらず、物事を型にはめて理解しようとする姿勢に矛盾を感じるときがあります。本来、分け隔てることのできないものを区別したり、「AだからB、CだからD」という表層的な論理ゲームに参加したりするうちに心の底から疲れてしまうんです。

―わかる気がします。さきのことは、だれにも分からないからこそ未来を自由に創造できるはずなのに、「現実」という名の諦めや恐怖心が目の前を閉ざしてしまう……。

ジェフ はい。もちろん、共通の価値観から生まれる感動もありますが、自分とは全く違う価値観と触れることで、気づかぬうちに縛られていた心を自由にしてくれます。その「気づき」こそ、自分が探し求めていたものだったことは少なくありません。

心に残るアーティストたち

質問3 ジェフさんの心に深く残るアーティストを紹介してくれませんか?

ジェフ そうですね。僕が今まで出会ったアーティストで心に深く残っている方たちは、ICHIさん、石上誠さん、谷川美音さんですね。

ICHI『DEMOLISH』

ICHI『DEMOLISH』
ICHI『DEMOLISH』

ジェフ ICHIさんとは香港でお会いしました。僕が購入したのは『DEMOLISH』で、その自由自在な作風からは敷かれたレールなど微塵も感じさせない「囚われからの解放」が表現されていると感じました。

―たしかに、ぱっと見ですが一体、何を表現しているのか全く見当も付きません!

ジェフ そうなんです。論理を積み上げた先にある「答え」ではなく、全くもって理解が及ばない果てしない大空を突き抜けていくような魅力があるんです。それは、ICHIさんの生き様を知るがゆえの感動だと思います。

―ICHIさんは、どのような方なのですか?

ジェフ ICHIさんは18歳の頃に100枚のポストカードをバッグに詰めてニューヨークに飛び立ちました。そのときの所持金はわずか3,000円(笑)

―3,000ドルじゃなくて、3000円!?

ジェフ はい(笑)それだけでも驚きですが、ニューヨークの路上で生活しながら、自分の作品を一つずつ売っていく。たった8日で全作品が完売しました。今となっては、アメリカのスーパーモデルのエリン・ワッソンや大道芸人のミスター・ブレインウォッシュなど名高い人たちから支持されています。

この他にも語りきれない壮絶な人生を歩んでいるICHIさんなのですが、何が凄いって自分の内面から湧き出るものに身を賭け切って生きているんです。

―だからこそ、カタチに捉われることなく、物事を真っ直ぐに見ることができる。

ジェフ はい。ICHIさんの世界観は現実社会の対局にあるように見えて、物事を最初から決めつけてしまう形式主義の行き詰まりに一石を投じる力を持っています。僕は一切の偏見を超えた先にこそ、本質が見えてくるのではないかと思っています。

石上誠『Door』

石上誠『Door』
石上誠『Door』

ジェフ 石上誠さんの『Door』は僕に勇気を与えてくれました。この絵には、混迷極める時代に挑戦する勇敢な人間の在り様が描かれています。人生のなかで大きな決断をするときは、不確実な未来に対する恐怖心がわき上がってきます。そのとき、後ずさりするのか、それとも前に向かって進むのか。

―それによって未来が変わる。

ジェフ はい。人生に答えはありませんが、自分の選択を善い方向に導く覚悟が大切だと思っています。『Door』に表現されている人間は、目の前に広がる暗闇に真っ向から挑もうとしている。この姿に勇気をもらうことがあるんです。

―なるほど。いつ、どこで、何が起きるのか分からない。でも、だからこそ、勇気の一歩に未来を開く鍵がある。見れば見るほど現代人の心に響きそうな力強い作品ですね。

谷川美音『sketch06』

谷川美音『sketch06』
購入時の谷川美音『sketch06』

ジェフ 僕は谷川美音さんが作品に込めた「万物の流転」に魅了されました。この作品は、購入当初は真っ白な姿をしていました。しかし、時間が経つにつれて、少しずつ「サビ」ていったのです。

購入から1年が経過した谷川美音『sketch06』

―まるで、生きているみたいに。

ジェフ はい。これには正直、度肝を抜かれました(笑)物質が酸化してサビていく姿を通じて「モノの生死」を表現するなんて! その感性にシビれました。

―谷川さんはB-OWNDにも参加して頂いており、国内外で漆を用いた作品を発表して活躍しています。この作品には、モノとヒトの世界を隔てる壁を崩す力があると思っています。「すべては変化する」という意味で平等の関係にあるといいましょうか。

ジェフ はい。今、まさに問われるべきことです。大量消費・大量廃棄社会の背景には、モノの世界にある命とは少し違った「生まれて死にゆく」姿を忘れてしまったことがあるのではないでしょうか。

僕たちが大地の上を歩いて生活しているように、物質と生命は本来、互いに助け合いながら存在している。言葉ではうまく表現できませんが、僕は谷川さんの作品から見過ごしてはいけない大切なことを学んでいるような気がしてなりません。

自らの佇まいを問いかける本気の生き様

質問4 最後に、ジェフさんにとってアート作品と過ごす時間はどういうものですか?

ジェフ 私たちは言葉では表現しきれない複雑な感情を抱きながら生きていると思います。利害関係や人間の心理が怒涛のようにぶつかり合うなかで「自分はどうあるべきなのか?」を真剣に考える濃密な時間が必要です。

既存の枠組みに捉われていくなかで、見えなくなる人生に対する真摯さ。

僕にとってアートを鑑賞する時間は、自らの佇まいを問い直す本気の生き様に触れる貴重なライフスタイルになっています。みなさんも是非、自分が心の底から感動するアート作品を探してみてください。

―ジェフさん、ありがとうございました!