若宮隆志 連載 彦十蒔絵・若宮隆志は何を作り出しているのか(後編)

漆芸家
彦十蒔絵とは、輪島在住の約20名の職人からなる、漆芸のスペシャリスト集団です。
100以上にも上る漆芸の工程を、日本最高峰の技術をめざす職人たちが、各専門に分かれて担当しています。
これにより、今までにないほど質の高い作品の制作が可能となりました。

彼らは、棟梁・若宮隆志氏の構想をもとに作品を作り上げます。
その特徴は、従来の蒔絵の技術を継承しつつも発展させていること、
そして古典を踏まえつつも、新たな意匠・主題に取り組み、
現代的な感覚で漆芸を制作していることです。

現代漆芸界に、彗星のごとくあらわれた彦十蒔絵。
このたび、日本の工芸を「アート」として発信するB-OWNDにご賛同いただき、
参加アーティストとして作品を出品していただきました。

今回は、これまですべての作品を構想していらっしゃる、
棟梁・若宮さんが思う「つくりたい」作品とは、どんなものなのか、
そのコンセプトの部分をじっくりお聞かせいただきます。
文:B-OWND
写真:石上 洋

PROFILE

若宮隆志

彦十蒔絵棟梁。1964年輪島市生まれ。1984年より、輪島塗の製造販売・技法などを学び、のちに彦十蒔絵を立ち上げる。2014年には平成26年度文化庁文化交流使にも指名され、国内外で多数の展示を開催している。

 

【取材協力】(五十音順)

塗師:生田圭

蒔絵師:大森修

蒔絵師:大森晴香

輪島漆器組合漆精製工場

工場長:関山秀信

椀木地師:西端良雄

 

彦十蒔絵マネージャー:高禎蓮

ユーモアの大切さ

――古典的題材も扱う傍ら、マンガ・アニメに題材をとった作品も生み出しているのが、彦十蒔絵の特徴ですね。個人的には、デビルマンを描いた作品《デビルマン ぐい吞み》(2012)がとても気になっています。

若宮 ああ、あの作品ですね。

《デビルマン ぐい吞み》 (2012)

――デビルマンを蒔絵で描いちゃうんだ、という驚きがありました。ぜひコンセプトをお伺いできますか。

若宮  デビルマンをご覧になったことはありますか? 私たちの世代だとみんなよく知っている作品ですが。

――う~ん、ちゃんと見たことはないかもしれません。

若宮 デビルマンって、もともとが人間なのですよ。人間の心を持った悪魔という存在。悪魔らしく極悪非道なことを繰り返していればいいのに、人間の心を持っているから、苦悩してしまう。

《デビルマン ぐい吞み》 (2012)

――なるほど。

若宮 逆の事とも言えると思っていて、人間は、「心」を持っているのに、悪魔になることがある。だから苦しむ。そういった複雑な心理を表現した作品です。

――コミカルな表現とは裏腹に、シリアスなテーマが込められていますね。 その一方で、彦十蒔絵にはユーモアあふれる作品もたくさんあります。たとえば、《熊の矢立》(2013)。あの熊、なんでもないよ、という表情をしているのですが、後ろ姿を見ると、頭を蜂に刺され、尻尾も鮭に噛まれている(笑)。熊も苦労しているなぁ、と。

若宮  そう、平気な顔をしているけれど、結構散々な目に遭っているのです。生きるのって大変ですから。

――この作品、くすっと笑いながらも、じーんと感じるものがあります。

若宮  ユーモアって、とても大切なものだと考えています。人の心を、幸せにしてくれるでしょう。

――そういえば最近、日本美術のゆるくて笑える作品を取り上げた展覧会が目につきます。時代の雰囲気というか、こういったものが今、求められているのかなとも思います。

若宮  やはり豊かな時代には、その時代独特の苦しさがあると感じています。物が豊かだから、目標がなくても、働かなくても生活できる。だから情熱を持たなくても生きられるはずなのに、実際には生きがいがないという辛さがある。

――たしかに、やりたいことが見つからないって、豊かな時代特有の苦しみですよね。

若宮  そんな時、一瞬でもいいから逃げ場が欲しいなぁって、そういう気持ちになるんじゃないかな。お笑い芸人が流行っているのも、同じ理由からなんじゃないかなと思うのです。

――なるほど。

若宮  けれど、お笑い芸人などに、永遠や不滅を求めることはできない。だからこそ、芸術が重要なポイントになっていくと考えています。 以前、彦十蒔絵の小さな作品を購入してくださった方から、ご連絡をいただいたことがありまして。とてもつらいことがあった時、作品をずっと眺めていて、そのまま握りしめて眠ってしまったと。

――作品が、その方の心慰めになった、ということですね。

若宮  こういうお話を聞くと、制作していてよかったと、心から思います。それぞれの意匠に、それぞれの思いを込めていますから。

現代に生きている感覚を作品に反映すること

――今、意匠という言葉が再び出ましたけれど、若宮さんが作品を構想なさる際に、本当にさまざまなものから意匠をとっていらっしゃるということがよくわかりました。

若宮  そうですね。日本の古典はもちろんですけれど、過去のあらゆるものを研究して作品に生かしています。だから、伝統的な漆器ももちろん研究しますし、蒔絵として誰も取り組んでいないものにも、積極的にチャレンジしています。常に新しい作品を生み出そうとしているからです。

――若宮さんが考える「新しい作品」とは、どのようなものなのでしょうか?

若宮  現代的な感覚の作品ということです。「今様」という言葉がありますね。

――現代風ということですか?

若宮  そう、もっと言うと、今生きている私たちの感覚を生かしたものを作りたいということです。たとえば私たちは、日常的にテレビや映画を見ますし、インターネットも普及している。毎日毎日新しい情報を得て、様々な人、モノ、コトに出会います。

――そういったものと私たちの生活は、もう切り離せないですよね。

若宮  そう。だからこそ、日常の中にいる私たち人間が、見て触れて感じたままに、「今」のモノをつくるということが非常に重要だと思うのです。でなければ、今の時代を代表する作品ができないのではないかな。

100年たっても価値が変わらないものをつくりたい

――これまで制作を続けてこられた上で、印象的だった体験はありますか。

若宮  以前海外出展をした際のことなのですが、外国の方から「これは何のために作ったものなのですか」と質問を受けたことがありました。それはきっと、単純に用途を尋ねた質問だったのだと思うのですが、その質問が繰り返されていくうちに、「あなたは何のために生きているのですか」という質問に聞こえてきたことがあって。

――非常に本質的な問題にあたったのですね。

若宮  それからずっと考えているんです。どうしたら自分は満足なのだろう、何のために生きているんだろうって。毎日毎日問いかけて、考えているんだけどまあ、答えなんてなかなか出ない(笑)。

――それは簡単にはいかない問題だと思います…。

若宮  けれどそれは、つまり自分の中にあるものをどう表現するか、ということなんです。 求めているところはもう分かっていて、それは5年、10年、100年たっても価値が変わらないものをつくりたいということです。

――普遍的価値を持った作品ということですか。

若宮  そうですね、昔のものを紐解いてみると、現在も価値が高いとされるものって、やはり宇宙観であったり、生命観であったり、人の心を表現するものなのですよ。

――たしかに、彦十蒔絵の作品には、そういったものをテーマに持つ作品が多いですね。今回出品いただいている《宇宙 ぐい吞み》であったり、《盃 極薄 化鳥蒔絵 傘》だったり。

《宇宙 ぐい吞み》

若宮  そう。作品がこの先もずっと受け継がれてゆくことを想定していますから。彦十蒔絵は、たしかに高い技術をもって作品を制作していますが、技術って、あくまで表現のためのものです。だから今、感じたこと、考えたことを表現して、持てる技術のすべてを注ぎ込んで、全身全霊で作品を作る。それが、今を生きるということで、最も大切なことだと考えています。

――これからどんな作品が制作されるのか、ますます楽しみになりました。 次回は、制作過程・技法に関することや、現在B―OWNDに出品いただいている作品の解説等について、お伺いしていきたいと思います。ありがとうございました。

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