コロナと文化発展の可能性 ~ルネサンス~

LIFESTYLE
【コラム】
現在、人類は新型コロナウイルスという未曾有の危機に直面しています。
この危機に対して、文化発展の可能性はあるのか。
過去の歴史にヒントを見つけるべく、中世ヨーロッパにてペスト感染症の危機に直面していた時期にもかかわらず、
なぜ人間賛歌のルネサンスが花開いたのか。
その関係性をB-OWNDプロデューサー・石上賢が紐解いていきます。
構成・文 石上賢
写真 石上洋・石上賢

2019年5月10日にアート工芸×ブロックチェーンマーケットのB-OWND(ビーオウンド)をリリースしてから、もうすぐ1年になります。

昨年は予想もしなかった新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、経済社会に甚大な被害が及んでいます。特に、エンターテインメントやアートの業界は、人々が集まるリアルな空間でイベントを開催するといった特性上、影響を受けざるを得ません。

おそらく、作品の展示会が中止または延期になって、経済的な損失を被ったアーティストもたくさんいるのではないかと思います。また、今後の見通しが立たず、収入が不安定化して活動を休止するアーティストも増えるかもしれません。

こうした状況からも、新型コロナウイルスは人類が直面する文化的危機といえるのではないでしょうか。とはいえ、こうした前代未聞の困難を前に呆然と立ち尽くしているわけにいきません。今こそ、過去の歴史に学ぶことで行き詰まりを打開する知恵を得ることができるはずです。

イギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビーは、文明は“挑戦と応戦”の理論から発展するとして、次のような言葉を残しています。

「“挑戦”とは、ある社会が環境の激変や戦争などによって、その存亡にかかわる困難な試練に直面することであり、“応戦”とは、この困難な課題に対して、創造的に対応しその脅威を乗り越えようとすることをいう。文明はこの“挑戦”に対する“応戦”によって発生する」

アーノルド・J・トインビー『歴史の研究』

つまり、前代未聞の苦境を挑戦と捉えて応戦してきた結果として、我々の文明が発展してきたというのです。

この記事では、トインビーが提唱する“挑戦と応戦”のパラダイムを引用しながら、現在の状況と酷似する歴史上の出来事をピックアップし、人類の文化発展には「試練」が必要だったということを紹介していきます。

未曾有の危機を乗り越えるためには、文化の担い手となる人々が立場を超えて連帯することが必要だと思っています。転んでもただでは起きない精神で歴史から学び、今回の状況に少しでも希望を見いだせる内容になれば幸いです。

ペストとルネサンス

さて、歴史を振り返ると、ルネサンスや中世ヨーロッパの歴史には、現在のコロナウイルスの状況と近似する出来事がありました。

それはペスト(黒死病)の大流行です。

14世紀~15世紀にかけて、ペストが爆発的に流行し、約8000万人〜1億人の人々が亡くなったといわれています。アジアを感染源として、シルクロードなどを経由してヨーロッパに伝播し、地球全体に拡大するパンデミックとなりました。ヨーロッパでは、人口の3分の1〜3分の2に当たる、約2000万〜3000万人が死亡したと推定されています。

なぜ、ペストという人類の危機に直面していた時期にもかかわらず、イタリア・ルネサンスという従来の文化とは全く異なる人間賛歌の金字塔が打ち立てられたのでしょうか。

その理由は複数あると考えられますが、主なものとして、

ペストによる中世キリスト教的死生観の劇的な変化

新たなテクノロジーの台頭

という2点にあったのではないかと考えています。

“生の賛歌”と称されるルネサンスが死の恐怖と隣り合わせであったということは、意外に思われる方もいるかもしれません。ここでいう「死の恐怖」とは一体、どのようなものだったのでしょうか。

ペストが流行する前は、人が死を迎えるとき、家族、友人などの愛する人々から見守られ、葬式では神父がお祈りを捧げていたはずです。けれども、ペストによる死は、そういった温かなものを完全に奪い去ってしまいました。聖職者が立ち合うこともなく、家族と話すこともできず、ペスト患者は孤独に埋葬されるのみだったといわれています。

こうした孤独な死の数々は、中世の人びとが抱く死生観を劇的に変化させていきました。すなわち、地位、財産、権力の如何にかかわらず、ペストの前では、だれもが平等に無力だったのです。

常識を疑う

中世の時代では、庶民は禁欲的な生活を送り、教会の教義に従って生きることが天国への道だと信じていました。しかしながら、誰も逃れることのできないペストの死について、カトリック協会が説明する内容には人々を心の底から安心、納得させる力はありませんでした。

そして、ペストを人類への“挑戦”と捉え始めた人々を筆頭にして、自己の内面を深く洞察する“応戦”が開始されることになります。つまり、ペストという死の危機によって、生の在り方を根本的に問われ、神とは、人間とは、あるいは常識とは何なのかと洞察することに繋がっていったのではないかと想像します。

ルネサンスの代表的人物レオナルド・ダ・ヴィンチは次のような言葉を残しています。

「自分自身を支配する力より大きな支配力も小さな支配力ももちえない」

『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』杉浦明平訳、岩波文庫

この言葉から推察するに、ダ・ヴィンチは世間の常識、あるいは宗教や倫理といった精神の規範から自由だったといえます。こうした型破りの人々が、当時のイタリアには数多く存在していました。枚挙に暇がありませんが、代表的な人物を紹介します。

透視図法を使った遠近法(一点透視図法)を世界で初めて開発した建築家フィリッポ・ブルネレスキ。

遠近法を使った彫刻をはじめて制作したドナテッロ。

異教の神を描くことはタブーとされていたなかで、古代神話を描き、さらにはヴィーナスという名目の女性ヌードを描いたボッティチェリ。

当時、書籍の言語は知識人しか理解できないラテン語で書かれることが常識だったなか、だれもが読めるトスカーナ地方の言葉で煉獄・地獄・天国の物語である『神曲』を著したダンテ。

さらには、小説『デカメロン』の著者ボッカチオは、ペストが蔓延しているフィレンツェで、郊外へと避難した10人の男女が一夜で一話ずつ話すという物語を書きました。当時ではあり得なかった官能的な内容が描写され、物語の人物像は、個性にあふれており、近代小説の最初の傑作とされています。

ここで強調したい点は、絵画や建築であってもルネサンス以前の仕事は、単なる職人の仕事だったのですが、ルネサンス以後は、芸術的感性をフル活用して、創作を行ったということです。

そして、既存の価値観から自由になった思考と感覚は一部の人々から開花しはじめましたが、新たなテクノロジーの発明がそれを大多数の民衆にまで拡大させる後押しとなりました。

当時のヨーロッパでは、キリスト教以外の教えを学ぶことはタブーとされ、古代ギリシャ哲学者のプラトンやアリストテレスの書籍は禁書とされていました。しかしながら、羅針盤の発達で航海の範囲が広がり、中東で活発に学ばれていたギリシャの哲学書や科学書などがヨーロッパにもたらされるようになりました。

また、従来の出版技術は手で写すことを基調としていたので、キリスト教神学、王族、貴族などの位が高い人に関連する書籍ばかりで、ごく一部の人にしか読むことはできませんでした。しかし、グーテンベルクの活版印刷によって、庶民にも書籍が行き渡るようになり、思想哲学をはじめ仕事や技術に関する本が広く読まれるようになったのです。

挑戦と応戦

ここまでの内容をまとめると、生活の規範が神という存在に立脚するキリスト教の教義で縛られていた民衆は、ペストという死の恐怖に晒されることで、これまでの死生観を激変させていきました。

多くの人々が現世的な自由と感性を重要な価値として意識しはじめたのです。そして、中世特有の禁欲思想から解放されるようになります。危機に直面することで、人々は自己の内面を洞察し、社会の常識ではなく古代ギリシャ時代のような本質的思考を重視するようになりました。

さらには、活版印刷のような新たなテクノロジーの台頭によって、その思想が広く民衆にいきわたり、一人ひとりの個性を開花させる土壌を形成していきました。すなわち、ペストを介して死と向き合わざるを得なかった人々は、現実に根ざした思想や価値観を習得して、今に続く近代の扉を準備したといえるのではないでしょうか。

トインビーによれば、文明は逆境のなかで生まれるといいます。自然的、人間的環境からの挑戦に人々の応戦が成功したときに興ると。

例えば、古代エジプト文明は、劇的な気候変動による砂漠化で死の危機に瀕した人々が、ナイル川沿いの地域を農地に変えることで生まれました。

また、日本でも幕末に欧米の帝国主義による植民地化政策に追い詰められるという挑戦に対して、明治維新の富国強兵政策で応戦することで、開国という新たな時代を拓くことに成功しました。

人類だけでなく、生命の次元からみても、46億年という長遠な歴史を持つ地球の環境は絶えず変化を繰り返しており、生命は種の絶滅という逆境のなかで進化を繰り返し、現在までつながってきたのです。

新型コロナウイルスが現在進行形でもたらしている文化全体の逆境は多くの人々の命を奪った21世紀史上最大のパンデミックに違いありません。

しかし、そこに屈しては暗黒時代の幕開けです。

B-OWNDを構想するに至った原点のひとつに、ルネサンスとの出会いがありました。

錚々たる作品を前に私の脳内では「なぜ、こんなにも魂に訴えかけるすさまじいアート作品が生まれたのだろう?」という疑問が浮かび、やがてそれは次代のルネサンス・日本のルネサンスを興したいと強く思うようになっていきました。B-OWNDがアートとしての工芸を扱っていることもこの想いからなのです。

新型コロナウイルスの危機的状況に直面している今こそ、中世ヨーロッパがペストの危機を経て、ルネサンスを生み出したように、B-OWNDは芸術文化の力で創造的な応戦をしていきたいと考えています。

https://www.b-ownd.com/explore

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