ノグチミエコ  手のひらの「宇宙」−世界の神秘を俯瞰する「わたし」(後編)

ガラスアーティスト
ガラスアーティストとして約20年間、第一線で活動を続けてきたノグチミエコ。
今回のインタビューでは、彼女の代名詞とも言える《10ˣm Where are you ? 》シリーズを軸に、
これまでの活動を振り返りながら、「宇宙」というキーワード、作品のコンセプトなどについて話を聞きました。
文:B-OWND
写真:石上 洋

PROFILE

ノグチミエコ

ガラスアーティスト。1969年 神奈川県生まれ。1990年 武蔵野美術大学短期大学部工芸デザイン陶磁卒業。1991年 武蔵野美術大学短期大学部工芸デザイン専攻科卒業。1989年より、同校ガラス研究会にてガラス制作を始める。1991年より横濱硝子にて吹きガラスの研鑽を積む。2004年 神奈川県藤沢市に吹きガラス工房FUSION FACTORY を設立、代表を務める。2007年 TVチャンピオンガラスアート王選手権優勝、2018年 アジアコスモポリタン賞文化賞など、受賞歴多数。

宇宙をとらえるもうひとつの視点

《Ancient Dream-Sea of Silurian Period》 26×18 ×20 cm
古代の海へと想いを馳せた作品。
ガラスと他の素材とを掛け合わせ、表現の幅を広げた意欲的な作品でもある。

―― この15年の間、ノグチさんは宇宙以外にも様々なテーマ・モチーフに挑戦されてきました。やはり一貫した視点があるように感じますが、様々な取り組みを経て、再び宇宙へと戻った現在、それらの経験がどのように生きているかなどをお伺いできますか。

ノグチ 実は、宇宙の前は水というモチーフに取り組んでいました。ガラスという素材で、「水」に取り組むのはもはや当たり前と思っていて(笑)、いかに表現できるか、夢中で模索していましたね。

その後、水というモチーフが宇宙というテーマへとつながり、さらに地上の物、つまり五大(地・水・火・風・空)へと、そして近年ではミクロの世界へと繋がっていきました。それらのテーマ・モチーフをぐるぐるとめぐりながら、視線が遠のいたり、近づいたりを繰り返しているうちに、それらを統括する視点が欲しいなと考えるようになりました。

《Tranceform Water》 34×17 ×11 cm
本来は動的な存在である「水」を、ガラスという静的な素材で表現している。
ガラスの透明度・みずみずしい艶感を最大限に引き出し、
思わず触れたくなるような軽やかな造形が特徴的な作品。

そんなとき、書店で出会ったのが『Powers of Ten』(※2)だったのです。初めてみたとき、震えがくるくらいの共感がありました。「あ、私がやろうと考えていたことが、すでにきれいに、完成されている」と。今から約50年前に制作されたものですが、ビジュアルも素晴らしい。これならば、今までやってきたガラスアートを、「距離」という視点でまとめ、もっと広い視野で見せられると確信しました。宮本武蔵からやってきた、宇宙を俯瞰するという視点とも繋がっていたこともポイントでしたね。

―― 代表作《10ˣm Where are you ? 》シリーズなどを拝見していて思いましたが、ノグチさんの作品は、ガラスという無機質な素材を使っているにもかかわらず、生命が潜んでいるような、不思議な気配のある作品ですね。たとえば、《10¹⁴m Where are you ? 》などは、まるで受精卵のようにも見えます。

《10¹⁴m  Where are you ? 》  90 φ  
果てしない広がりを見せる「宇宙」とは逆の、ミクロの世界へと進んでいった先にあらわれる炭素の原子核。これもまたノグチにとって、「宇宙」のひとつである。

ノグチ 原子核って、実際あの様に見えることがあるのですよ。あるお客様にも、「これは卵なのね、卵よね、わかるわっ」て言われて(笑)。卵ではないのですけど、まぁ確かにそう見えるかなと。

思えば幼いころ、父親がカエルなど、いろいろな生き物の卵を孵していましたから、そういう生き物への関心やイメージは染みついているかもしれませんね。私自身も興味があってたくさん学びましたから。

そういえば、以前うちのスタッフに「ノグチさんって宇宙を透明なものだと思っているんですね」って言われて、なるほどなぁって思ったことがありました。考えてみると、「透明」というのはガラスとの共通部分でもありますし、透明なものに浮かんでいる地球って、私が思う宇宙のイメージにしっくりと来たんですよね。思えばカエルの卵も、潮だまりも透明性を持ったものに感じられたのですね。

すべてはビーチコーミングから

―― 学生時代は、インスタレーション的な作品も制作されていたと伺いました。当時から現代アートに関心が強かったのかなと拝察いたしますが、ご自身がその方向へと進んだ背景には何があったのでしょうか。

ノグチ 幼いころから工作や絵を描くことが大好きだったので、14、5歳のころには、もう美術系に進みたいと考えていました。そこで進学した高校の美術講師が、バリバリの現代アーティストをされていた方で。 宮前正樹先生という方なのですが、3年間お世話になり、入試のデッサンまで見ていただいた恩師です。多感な時期でしたし、大きな影響があったと思います。

進学先は美術大学の陶磁コース。本当は、どうしてもガラスがやりたかったのですが、当時大学にガラスコースがなかったのですよ。入学後も、伝統工芸よりアート、という思いが強かったのは宮前先生の影響かな。素材や技法を使って、自分が何を表現していくのかを考え続けていました。けれど、陶磁でインスタレーションがやりたいと伝えたら、周りには笑われてしまいましたね。まだまだそういう時代でした。

その後、ガラスができる環境を得て、10年ほど研鑽を積んで独立したころ、 TVチャンピオンガラスアート王選手権 に出場しました。私に声がかかったのは、きっとその当時でさえ、自分で工房を持っていて、かつある一定の技術も持ち合わせているガラスアーティストが、まだまだ少なかったからだと思います。

―― では、ガラスの現代アーティストとしてはかなり早い段階から活躍されていたのですね。ずっと一線で活躍されてきたノグチさんですが、独立されて以降の作品は、インスタレーションなどの作品はなく、すべてコレクションできるものばかりです。どういった変化があったのでしょうか。

ノグチ それは、原点に立ち返ったということでもあると思います。私が初めてガラスを意識したのは、幼少期に海でガラス石を拾った体験なのです。いわゆるビーチコーミング(※3)ですね。あの何とも言えないざらついた質感と、半透明の色彩にとても惹かれて、ガラスの魅力に取りつかれました。

自分が気に入った石を見つけたら、それを持ち帰る、そして所持して繰り返し楽しむというのは至上の喜びだと思います。だから私は、自身が気に入った小石を拾って帰るような感覚で、本来であれば、持ち帰ることのできないものを持ちかえることができる、その喜びを、作品に転化できたらいいなと。大人のビーチコーミングというか「ああこれ、綺麗、欲しいな」というような感覚を大切にしていきたいのです。

それに、ガラスの魅力は見た目だけではありません。所有しているからこそ、ガラスならではの手触り、重さをいつでも楽しんでいただけるのだと思います。

―― アーティストとして貪欲に表現を求めること、コレクターとして蒐集を求めること、その両方の希求のもとに生まれたのが《10ˣm》シリーズとも言えますね。最後に、ノグチさんにとって、作品を作り続けていく意義はなんでしょうか。

《10⁸m Where are you?》 95φ
地上から、10⁸m離れてみた地球の姿を捉えた作品。

ノグチ 自分の存在意義を問うところまで、自分が一体どこにいて、何をやっていて、これからどこに行くんだろうって、作品を作ることで意識させられることを感じています。自分が思いもしない問いが、また完成した作品から返ってくるような感じで、永遠に終わりがなく、だからこそ作品を作り続けているのかもしれません。

けれど一つ言えることは、この世界の神秘を見出して、形にしていくのが私のアートだと思っていること。世界には、驚きや感動が溢れていますから、私の作品を通してさまざまな世界観を感じてもらえれば、本当にうれしいですね。 (了)

(前編はこちら

ノグチミエコのアーティストページはこちら

《 10ˣm Where are you ? 》シリーズはB-OWNDにて販売しており
ます。アーティストページにてご覧ください。

WORDS

※2 『Powers of Ten』 建築家、デザイナー、映像作家など、複数の肩書を持つチャールズ・イームズ(Charles Ormond Eames, Jr、1907-1978)とその妻で画家のレイによって、1968年に制作された映像、および書籍である。映像は、男女がピクニックをしているシーンにはじまる。その様子を真上から1メートルの正方形で囲んで、10秒ごとに10倍ずつ離れてみると、視界は10倍ずつ広がっていく。彼らを中心にとらえたまま、少しずつ遠ざかることで、視野は地球全体を見るまでに広がり、そして宇宙の遠く彼方、銀河を超える世界へと続いてゆく。後半、再び視点がピクニックを行う男女まで戻り、今度はミクロの世界へと、そして最終的には炭素の原子核の世界へと近づいてゆく。

 

※3 ビーチコーミング 海岸などに打ち上げらえた漂着物などを観察、収集する行為などを意味する。