高橋奈己 陶芸家・高橋奈己インタビュー|空間との調和性、間、静寂(しじま) 前編

陶芸家
人間の表現とは一線を画する自然の造形美。
高橋は果実やつぼみなどに見られる非対称な造形に現れる美しさに魅せられてから、
それらをモチーフに作品を制作し続けている。
光の濃淡に応じて浮かび上がる黒い影が白磁の輪郭をより鮮明に描き出し、空間と調和する。
そこには、不思議と凛とした静寂が漂っている。
なぜ、高橋は自然の造形に惹かれ、白の世界に魅せられたのだろうか。その世界観に迫りました。

PROFILE

高橋奈己(陶芸家) 東京都生まれ。 果実やつぼみなど自然が生み出すアシンメトリー(非対称)な造形の美しさに魅せられて以降、継続してそれらをモチーフに作品を制作し、分野を問わず国内外から熱い視線が注がれている。1997~99年ファエンツァ国立陶芸美術学校在籍。東京国立近代美術館やファエンツア国際陶芸美術館などにコレクションされている。

360度作り込む自分と出会うまで

- 美大時代はどのように過ごされていたのですか?

高橋 当時、私は武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科でクラフトを専攻していました。使いやすく、シンプルで美しい。これが作品に求められるテーマだったんです。第二次ベビーブーム世代の影響で、美大にも人が溢れていて……。みんなで同じようにロクロを挽く姿に違和感がありました。何だか息苦しくて、「この世界から離れたい」という想いが強かったことを覚えています。

- みんながロクロを画一的に挽く姿にある種の嫌悪感を持ったということですか?

高橋 うーん……。何といいましょうか、常にとてつもない人の数だったんですよ。高校生になったときは、同級生が400人以上。そうなると、3年間まったく知らないまま終わることもある。きっと、先生たちも教えきれないから、「みんなで同じ方向を向いてほしい」という圧力が自然に生まれていたと思います。今では、パワハラやセクハラといわれることが多いですが、「余計なことを言ってはいけない」という雰囲気に包まれていた世代だったんです。

やっと美大に行けたのに、皆、同じ方向というか、先生の言うとおりにしなければいけない風土があって、「えー」という気持ちになりましたね。まぁ、私よりも「へんちくりん」な学生たちがたくさんいたので、それには、ほっとしたんですけど……(笑)

- 造形にいくきっかけは何だったのでしょうか?

高橋 学生時代に、磯崎真理子さんから造形を教わって、「器以外の世界がある」と知りました。地元の図書館に『日本の陶芸作家100選』があったので熟読しました。

- そもそも、陶芸をやりたいと思ったのは?

高橋 小学校の図工ですね。芸大出身で陶芸を専門にしている先生だと思うんですが、学校には電気窯があって、粘土で作る授業がありました。それがとても楽しかったです。 小さい頃から絵だけは褒められていたので、美術系に進みたいと思っていました。この図工の授業がきっかけとなり、陶芸を選択しようと決めました。美大の予備校に通い始めると、絵が上手な人が山ほどいて、すぐプライドはへし折られましたけど……。

- イタリアにはどういった経緯で行かれたのでしょうか?

高橋 そのころ、海外へ旅行したほうが安かったんです。1ドルが70円台でしたから。みんなで貧乏旅行する時代だったんですね。学生のときからお金を貯めてはアジアなどに行っていましたね。「いつか海外で生活したい」という気持ちも芽生えつつ、日本的な団体行動の圧迫感にも疲れていました。日本を離れたいという気持ちが大きくなっていましたね。

磯崎さんもイタリアに留学されていました。そこが国立の高校みたいなところだったんですけど、「陶彫」というコースで授業料が1年間、日本円で1万円でした、粘土は使い放題。その代わり、作った作品はすべて国のものになります。もし、自分のものにしたい場合は、土や釉薬、焼成費を支払うシステムでした。

-  イタリア時代に作られていたテラコッタの作品も、エッジが効いているし、現在の作風に通じるものを感じます。

高橋 ロクロをやりながら、ロクロでは作れない造形を作りたい思いが強くなりました。基本的には土が好きなんです。土の素材を生かした、あまり手を加えない作品に憧れていますが、「360度作り込む」ことが自分に向いているとわかってきたんです。

ずっと見ていられる自然の美

- この頃から、果実などがモチーフだったのでしょうか?

高橋 美大時代からですね。きっかけは、予備校時代に水粘土で模刻する授業を受けたことです。玉ねぎを模刻するんですよ。小さいモチーフを大きく作る。そうすると、「非対称の造形の面白さ」に気づきました。ここが原点になりました。

また、小さい頃の話になりますが、祖父母の家での親戚の集まりが苦手で……。集まりから逃げるため、いつも祖父について屋上へ行っていました。そこには、祖父が育てていた盆栽と植物がたくさんあって、二人で何も話さずにそれらを見ながら過ごしていました。とても居心地が良かったんです。

- 植物を観察したときに、左右非対称の姿や自然界のエネルギーのようなものを感じて、心を動かされるというか、エネルギー的なものに圧倒されたことはありましたか?

高橋 野菜のフォルムって、すごく芸術的だと思うんですよ。膨らみとへこみにプラスとマイナスが現れている。引くところと押すところの差が、彫刻的に見て素晴らしい造形というか……。あれは、人間では作れないなって。どうしても、作為の塊で嫌みになってしまうと思うんですけれど……。あとは花の蕾とか、自然界が作った造形って見ていて飽きないです。

- 衝撃を受けるような強い感情なのか。それとも、見ていて安らぎを感じるのか。どちらの感情に近いのでしょうか?

高橋 落ち着くんでしょうかね。

-  おじいさんと過ごした言葉にならない哲学的な時間があるのかもしれないですね。

高橋 そうですね。静寂が好きなんです。学生時代の団体行動はとても疲れました。集団的な慌ただしさが肌に合わないんですよね。

- 自分のペースでゆっくりと味わえないっていうんですかね。

高橋 はい。言うことを聞かないと問題児扱いですし……。仕方ないんですけどね。

- 今でも、そういう感覚はありますか? 都会は人工物が多いと思いますが、自然の森や山へ行きたいという気持ちになることはありますか?

高橋 コンクリート苔の潤っている感じは好きですよ。東京でも、みなさん、お庭やベランダのお花を手入れされていますし、皇居とかも植物がたくさんあります。お寺も神社も公園もたくさんある。植物がたくさんで楽しいですよ。

西洋を知るたびに日本が浮き彫りになる

- どのようにモチーフからイメージを抽出しているのですか?

高橋 植物を見て、曲線をサラっと描いて、立体に起こしていきます。「あの曲線すごく美しいな」って思ったときに、自分の造形に取り入れる感じです。

- イタリアには2年間、行かれていたんですよね? その間は制作中心の生活だと思いますが、そのほかの時間では何をされていたんですか?

高橋 自転車を走らせると、オリーブやモモなどの畑が続いていました。エミリア=ロマーニャ州というんですが、農作物が豊かな地域でした。オリーブオイルやチーズやハムが美味しいところでした。

- 絵本に出てくるようなきれいな場所ですね。

高橋 時間の流れがとてもゆったりしたところでした。イタリアは、それぞれの町が活気付いていて郷土愛が凄いんです。

美術館や教会でたくさんの有名な宗教画を見ました。そこで、ぽつんと、日本画があったりすると、ピタっと目に留まる。日本は線で表現する「引き算」の美だと思います。

西洋の真ん中で歴史的なアート作品を見るなかで、逆に日本的な美意識の良さというか、そういうのも体感として理解できるというか……。

- 外に出ると日本の良さがわかるっていうことですよね。日本って、一線で世界を表します。禅の円相とか、丸にいろんな意味合いを込める文化があるといいましょうか。始まりもなければ、終わりもない。線で丸を書くだけで表現するスタイルに衝撃を受けました。

高橋 わかります。あれこそずっと見ていられますよね。

- 線に対する意識が作品に影響したことはありますか?

高橋 私は「白が好き」という気持ちが根本にあって、造形をかたどる外側のラインが少しでもずれると、全体がどんどん台無しになってしまう。釉薬などかけないので、ちょっとしたことが命取りになって、ごまかしがきかない。「くちもと」が未だにだめなんですけど、ほんのちょっと変わるだけで全体に響くから難しいんですよね。

- 逆に、西洋の陶器から学ぶことはありましたか?

高橋 そうですね。西洋の陶器を知れば知るほど、日本の作品にばかり目がいくようになりました。日本の場合は、四季で器を変えていきますよね。イタリアで使われる器はほぼ真っ白です。絵付けされているカラフルなお皿などは壁に飾ったりして、観賞用に使われることが多いと思います。

でも、だからこそ、「日本の美意識」が際立ってきた感じがありますね。イタリアの彫刻、絵画、造形的な陶芸は憧れます。モランディ、彫刻家マリーノ・マリーニも好きですよ。

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