ノグチミエコ 手のひらの「宇宙」−世界の神秘を俯瞰する「わたし」(前編)
今回は、彼女の代名詞とも言える《10ˣm Where are you ? 》シリーズを軸に、
これまでの活動を振り返ります。
写真・石上洋
PROFILE
ノグチミエコ ガラスアーティスト。1969年 神奈川県生まれ。1990年 武蔵野美術大学短期大学部工芸デザイン陶磁卒業。1991年 武蔵野美術大学短期大学部工芸デザイン専攻科卒業。1989年より、同校ガラス研究会にてガラス制作を始める。1991年より横濱硝子にて吹きガラスの研鑽を積む。2004年 神奈川県藤沢市に吹きガラス工房FUSION FACTORY を設立、代表を務める。2007年 TVチャンピオンガラスアート王選手権優勝、2018年 アジアコスモポリタン賞文化賞など、受賞歴多数。
はじめに
幾千の星々が煌めく宇宙。ノグチがつくり出すのは、その美しい宇宙を、つややかで透明なガラスで包み込んだひとつの世界です。鑑賞者は、光を受けて輝くガラスの宇宙を、手のひらで俯瞰し、見つめます。
ノグチの代表作《10ˣm Where are you ? 》は、肉眼ではとらえきれない果てしない世界を、地球から 10ˣm ずつ、近づいたり、離れたりした視点から見つめたものです。遠くは銀河の果てまで、近くは原子核まで、私たち人間が把握することすらできないような、さまざまな世界の神秘を見出しています。
そんなノグチの作品を鑑賞するとき、さまざまな疑問が浮かびます。ノグチにとって、宇宙とはどのようなものなのか。宇宙を「手のひら」で抱えることに、どんな意味があるのか。ガラスという無機質な素材を使っているにもかかわらず、ノグチの作品に触れたときに感じる不思議な生命のゆらめきのようなもの、たしかに生命が潜んでいるかのようなあの気配は、いったいどこからやってくるのか。このインタビューでは、ミステリアスなノグチの作品を読み解くヒントとして、これらの疑問に迫ります。
宇宙をどこから見つめるか
―― ノグチさんの作品は、「宇宙」をテーマにしたものが多いですが、作品全体をみると、ある種宇宙を比喩的にとらえていらっしゃって、本当に求めているところはその先の普遍的なもの、神秘的なものへとつながっているのではないかなと感じています。そこで、ノグチさんが普段、どんなものに宇宙を感じられているのかを、まずお伺いしたいと思います。
ノグチ 感覚的なお話しになりますが、地球上に立って、だいたい100憶光年先の遠い宇宙を眺めている自分と、足元の石や砂を手のひらにとって眺めている自分とは、そんなに離れていないんですよ。どちらも私にとってとても不思議なものなのです。
だからたとえばですけれど、花の種、鳥の羽、カエルの卵、潮だまりなど、構造が細かく美しかったり、人間の力ではつくり出せないような自然の法則、小さくとも完結した世界を見出したときに宇宙を感じますね。やはり、自然などへの畏れや尊敬の念って一番大事なことなんだろうなって思っていて、宇宙についても自分では到達できない距離であったり、そういうものに対する憧れや尊敬の念などが、私の作品のすべてに通じるものかなと思います。
―― たとえば代表作である《10ˣm Where are you ? 》シリーズは、手のひらに「宇宙」を抱え、俯瞰するという点に独自性があると感じます。ですが本来宇宙というものは、巨大すぎて捉えようもなく、俯瞰するというよりは見上げるものというイメージが一般的かなと思いますが、このような視点はどうやって得たのでしょうか。
ノグチ それは、宮本武蔵(※1)の思想からです。もう15年くらい前の話ですが、それまでずっと続けてきた「宇宙」というテーマを、もっと自分なりに膨らませていきたいなぁと思ったときに、彼の歌と出会いました。
実は宮本武蔵との出会い自体はもっと前で、五大(地・水・火・風・空)をテーマにした作品を制作したとき。彼の『五輪書』の思想に、少なからず影響を受けました。その後、宇宙や星、空をテーマとした詩集や短歌をパラパラと見ていたら、彼のこんな歌があったのです。それは「乾坤をそのまま庭に見る時は、我は天地の外にこそ住め」というもの。つまり、「地球も含めた宇宙を庭と捉えて、その外から眺めてみろ」ということですね。
ああ、こんな考えがあったのかと、新鮮な驚きを感じました。彼の時代は、まだ今ほど宇宙が解明されていない時代ですから、科学的な事実を知らなくても、視野を広げることが可能なのだと感心しました。最初はそういう精神的なものを込めた宇宙を、シンプルにオブジェ化していきたいなという思いでしたね。
―― 鑑賞については、どのようなことを意図していらっしゃるのでしょうか。
ノグチ ひとつは、想像の楽しさです。宇宙のような計り知れない巨大なものを、頭の中で広げて見ることって、とても面白いのですよ。ありのままを見るというよりは、自分で想像してみることがクリエイティブですよね。私は、宇宙に出かけて、実際に地球を俯瞰して見たことはありませんけれど、完成した作品を眺めると、きっとこんな感情になるなんだろうなと、想像しながら楽しんでいるのです。
もうひとつは、自分自身を見つめなおすためです。宇宙って、どこまでも広がっている、掴めないものだから、考えすぎると怖くなりますよね。明日太陽に飲まれるかもしれない。けれど、私は楽観主義者なのかな。だからこそ今を大切にしようと思えるのです。
鑑賞者には、作品を眺めながら、自分自身が今一体どこにいて、何をしているのかを考えてもらう契機にしていただいたり、宇宙を見つめることで、自分自身を見つめること、つまり、宇宙が自分自身と一体でもあるという感覚まで感じてもらえたら、より意味のあるものになるのではないかと思います。
(後編へ続く)
ノグチミエコのアーティストページはこちら
《10ˣm Where are you? 》シリーズはB-OWNDにて販売しております。アーティストページにてご覧ください。
※記事に掲載された作品ではございません。
この記事でご紹介した作品
WORDS
※1 宮本武蔵は、江戸時代初期の剣術家、兵法家。佐々木小次郎と決闘した巌流島の戦いなどが、映画・小説などの題材となっている。小次郎との戦いの後は、詩歌、茶道、絵画などを独学し、優れた作品を残したほか、作庭も行った。最晩年に執筆されたとされる『五輪書』は、独自の思想に基づいた剣術の極意が記され、様々な言語に訳されて、今なお世界中で読まれている名著。
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