空間デザイン×アート 新時代の関係性 |地域手工芸から最先端デジタル活用まで

BUSINESS
近年、オフィスやホテルなどの空間に、アートやその土地の工芸品を導入することで生まれる価値に注目が集まっています。
本記事では、「建築材料・住宅設備総合展 KENTEN2021」のオンラインセミナーで語られた弊社の取り組みや、
「空間×アート」の今後の大きな可能性について交わされたグループトークの内容を、一部抜粋してご紹介します。
文:B-OWND
カバー写真:株式会社 ナカサアンドパートナーズ

PROFILE

林野友紀

株式会社丹青社 デザインセンター 西日本エリアデザイン局 チーフデザインディレクター。山梨県生まれ。ホスピタリティ空間の設計を中心に、ホテル、ミュージアム、複合商業施設、駅施設などのパブリック性の高い空間から、専門店、レストランまで、幅広く空間の企画・ディレクションおよびデザイン業務を行う。 地域の素材を活かしたり、アーティストとのコラボレーションなどを通じて、空間の付加価値を高める取り組みを続けている。

 

吉田清一郎

株式会社丹青社 企画開発センター 事業開発統括部長/B-OWNDエグゼクティブディレクター。東京都生まれ。経営学修士(MBA)。丹青社入社後、ミュージアムなど文化施設のスキームづくりから設計・施工、施設運営まで数多くのプロジェクトを手掛ける。現在は事業開発統括部を組織し、アートとしての工芸のオンラインマーケット「B-OWND」を立ち上げるなど、新規事業開発の責任者を努める。

KENTENとは?

KENTEN2021(http://www.ken-ten.jp/

「KENTEN」(建築材料・住宅設備総合展)とは、住宅・商業施設・ビルに使用される建材や設備、工法や業務効率改善のソフトなどの展示見本市です。

これまで40年以上にわたって開催され、前回実績(2019年。2020年は開催中止)としても、127社・団体/220小間、登録来場者数2日間合計19,678人が参加するなど、大規模なビジネスマッチングの場として知られています。

KENTEN2021は、新型コロナウイルスよって変化した働き方や、新時代のライフスタイルに対応した企画内容となっています。新たに「抗菌・ウイルス対策ゾーン」、「リモートワーク/テレワーク対応ゾーン」、そして「デザイン建材/アートゾーン」が出展対象として加わりました。

セミナーの目的と登壇者紹介

KENTEN2021が「アート」に着目した背景には、アートがもたらす「心も豊かになる暮らし」が、大きなビジネスチャンスとなる期待感があります。

近年では、teamLabや各地の芸術祭に注目が集まるなど、人々のアートへの関心が高まっていることや、InstagramなどのSNSでも、デザイン性が高いものやフォトジェニックなものが多く共有されています。

さらに、新型コロナウイルスの流行に伴って、在宅環境をより充実させたいというニーズが高まっています。これと同時に、人々が出社する意義を感じられる快適なオフィス空間のあり方も模索されているのです。

以上のような動向から、現在注目の高まるアートが「文化としてのもの」から、住まいや仕事に関わる「生活としてのもの」へとその役割を広げることで、新しい経済のエコシステムが誕生する可能性を指摘しています。

こういった観点から、KENTEN2021では、アートを取り入れた複数の企画が持ち上がりました。

そのひとつとして開催されたセミナー「空間デザイン×アート 新時代の関係性 〜地域手工芸から最先端デジタル活用まで」では、株式会社丹青社より以下の2名が登壇し、このテーマについて最新の動向を共有しました。

今回は、その内容の一部を取り上げていきます。

セミナーの登壇者 左:林野友紀  右:吉田清一郎

空間×アートの事例紹介

今回のセミナーでは、大きく以下の2つの活動事例が紹介されました。

ひとつは、吉田氏がエグゼクティブディレクターを務める、B-OWNDの活動です。B-OWNDでは、ブロックチェーンをはじめとする最新のテクノロジーを活用し、日本の美を象徴する「アートとしての工芸」を国内外に発信しています。これまで、ECサイトを通じての作品販売はもちろん、オフィス、ビジネス、生活、文化など分野を問わず、さまざまな空間を通じて、工芸の従来的な見せ方とは異なる新しい展示・活用の方途を提案してきました。セミナーでは、これらの事例紹介とともに、先日コワーキングスペースにて行われた「オフィス空間におけるアートの効果を測定した実証実験」の結果についても紹介されました。

実証実験の結果に関しては、以下の記事もご参照ください。

「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」の事例

もうひとつは、林野氏がデザイナーとして関わってきた、「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」の事例です。

SHIROYAMA HOTEL kagoshima
「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」(https://www.shiroyama-g.co.jp/
インペリアルスイート
写真:株式会社 ナカサアンドパートナーズ

「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」は、以前は「城山観光ホテル」の名称で、長年親しまれてきた、格式高いホテルです。

2020年1月より3か年計画でリニューアル改装中ですが、昨年10月には、開業以来初のClub roomがオープンしました。このClub roomには、200㎡の広さで最上級のおもてなしを体感できる「SHIROYAMAインペリアルスイート」も設置されています。コンセプトは、「城山らしさ 鹿児島らしさ 日本らしさ」。感性・上質・伝統をテーマにした客室デザインとなっています。

このコンセプトを表現するため、客室には多数の工芸品やその技術が用いられていますが、インペリアルスイートに設置された1点物の作品には、以下のようなものがあります。

鹿児島が誇る伝統工芸薩摩焼の作品
鹿児島が誇る伝統工芸・薩摩焼の作品。
制作は、十五代 沈壽官氏。
まるでアートギャラリーに泊っているような雰囲気でゲストを迎える。
後ろの格子も、作品が魅力的に見えるようにデザインされたもの。
写真提供:SHIROYAMA HOTEL kagoshima
エントランスホールに設置された、薩摩和紙を使ったアート作品。
制作は、薩摩和紙製作所 原口敬子。
鹿児島の和紙の継承のために、材料も鹿児島で作られたものを使用している。
写真提供:原口敬子
九州の伝統工芸「組子」の作
九州の伝統工芸「組子」の作品。
城山から眺める錦江湾と桜島の風景を表現している。
写真:株式会社 ナカサアンドパートナーズ

このほか、薩摩切子のグラス、大島紬(おおしまつむぎ)の羽織などが設置されています。これらの工芸品を実際に使用してもらうことで、お客様によさを実感していただきたい、という意図が込められています。

また、林野氏はデザイナーとして、鹿児島の竹工芸職人の「技法」を用いたアート作品の企画も行いました。たとえば、竹工芸の編み方を利用した平面作品や立体作品は、客室を飾るアート作品として客室に飾られています。デザイナーとアーティスト・職人が空間に適した作品のあり方を一緒に模索することで、伝統工芸の新しい活用方法の提案がなされました。

空間×アートの可能性は?

以上のように、前半ではこれまで両名がかかわってきたプロジェクトを取り上げながら、空間にアート、今回はとくに工芸を取り入れた事例について具体的な説明がなされました。

一方、セミナ―の後半では「空間づくりのプロフェッショナルから見たアートの可能性」というテーマのものと、吉田氏・林野氏によるグループトークが展開されます。

空間にアート(工芸)を取り入れる可能性やその価値について、最前線で活動してきた両名は、なにを感じているのでしょうか。以下、要点を抜粋してご紹介します。

現在のホスピタリティ空間に求められるもの|ホテルへのニーズが変化してきている

まず林野氏は、「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」の例に言及しながら、その土地の伝統工芸をホテルの空間デザインに取り入れる意義について、次のように語りました。

「SHIROYAMA HOTEL kagoshimaの建築は、1974年に完成した歴史あるものです。開業当初、もしくは地方に観光ホテルが多く建てられた当時は、ホテル=近代的で西洋的なものへあこがれの象徴でした。そのためホテルは、洋の空間がメインで、むしろそれを体験できる空間というニーズもあったと思われます。しかし現在では、日本のホテルであれば日本らしさ、地方であれば地方らしさを感じたい、というニーズになってきてるように感じます。今回は、それをいかに全体感の中に取り入れるかについて工夫を凝らしました。」

そのうえで、外資系のホテルなども参入するなか、地域に根付いた伝統あるホテルを、いかにブランディングしていくか、この課題について、次のように取り組んだといいます。

「各ホテルのデザインは、それぞれの特徴がありますが、現代ではさまざまな情報が知れ渡っていて、ともすると似たり寄ったりのデザインになってしまう傾向もあると思います。”見たことがない”、”モダンな”、”新しいデザイン”も大変魅力的ですが、その新しさや魅力がいつまでも続くとは限りません。だからこそ今回は、いつ来ても、城山らしいな、と感じていただけるように、ここにしかない唯一無二の価値を提供することに注力しました。今後どんな新しいホテルができようとも、”新しい”以外の価値について、ホテルのサービスとあいまって、その場の環境がどうかという点を重視しました。そこに置いてある工芸品がどう見えるか、どんなホスピタリティにつながるか、じわじわと良さが伝わっていくように、作品の選別や空間づくりを意識しました。」

このように、その土地の伝統工芸を取り入れながら、ホテルが培ってきたイメージと地域らしさを共存させることで、廃れることのない価値を生み出し、「城山らしさ」を表現を追及されました。

なぜこの作品を設置したのか、背景をどう伝え、いかにその先の「行動・推奨」へとつなげるか

「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」では、お客様にリラックスしていただくことを優先にしているため、作品のキャプションは最低限に留めています。しかし、バックストーリーを伝えることで、体験としての価値がより高まるとの考えから、ホテルのスタッフが客室をご案内する際に、サービスとして作品の背景を説明されるとのことです。これは、お客様とのコミュニケーションにもつながります。

この話題に関して吉田氏は、その「場」に訪れた人たちが、作品にこころを動かされたとき、デジタルテクノロジーによってシームレスに情報にアクセスでき、それがさらなる理解や関心、推奨へとつながると語ります。

「お客様が作品について知りたいと思ったとき、テクノロジーがシームレスにその役割を担っていけるのではないでしょうか。私が最近読んだ本に、実店舗はネット世界のインターフェイスになる、という考え方がありました。リアルな場で、心を動かされた人が、(テクノロジーによって)さらに一歩先にアクセスできる。それによって、場の意味性やストーリーを知ってファンになり、購買・推奨へと繋がっていくという過程があると思います。」

B-OWNDでは、テクノロジーでモノのストーリー伝えるひとつの手段として、2021年6月の陶芸家・古賀崇洋氏の個展にて、展示作品の一部にNFC(Near Field Communication)を搭載した証明書カードを発表しました。

NFC
NFC(Near Field Communication)を搭載した証明書カード
写真:石上洋

作品証明書カードにNFC対応のスマートフォンをかざすと、その作品にまつわる説明文はもちろんのこと、試行錯誤の過程やアーティストの思いなどのビフォアストーリーを画像や映像で閲覧することができます。作品の過去・現在を、未来へと新たな形で繋ぐ新しいアートの鑑賞の試みです。

わざわざ足を運びたくなるような「リアルな場」ならではの良さを感じていただき、それをきっかけとして「デジタル」を活用すれば、その場だけでは把握しきれない産地やアーティストなどの情報を調べられます。それは、最終的には日本という垣根をも越えた動きへとつながるでしょう。

地域産業の活性化・SDGs・アイデンティティを示すことにも有効

博多人形師・中村弘峰氏の作品《朝顔マスターズ》
博多人形師・中村弘峰氏の作品《朝顔マスターズ》
作品ページ
アーティストページ

また、吉田氏は、地域の伝統工芸を取り入れる意義に関して、B-OWNDの参画アーティストである博多人形師・中村弘峰氏の考えを紹介しています。

「工芸でアートピースを作るということは、SDGsも含め、地域の持続性につながります。どういうことかというと、工芸は、地域に根付き、素材もその土地のものを使っているからこそ、それを支える自然環境にも配慮されることになります。また、工房を長く構えるということは、職人さんもいるし、道具や素材の地域産業にもつながり、それぞれの後継者問題とも向き合っていくことになる。さまざまな人やモノが関わったものをアートピースにすることで、地域のアイデンティティを表すシンボルにしていくのだ、というお話がありました。」

博多人形師・中村弘峰氏のインタビューはこちら

このように、地域の伝統工芸は、単に業(わざ)を伝承するだけではなく、その地域そのものの実質的・精神的な支柱であるとの考えが共有されました。

そのうえで吉田氏は、「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」の例を改めて振り返り、地域の伝統工芸を扱うからこそ、その空間がストーリーを感じられるものに仕上がっていると感想を述べられました。

同様に林野氏も、自身が「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」で取り組んだ、伝統として培われてきた工芸作品の技術を、アート作品に応用する新たな活路を広げた企画を指して、次のように述べています。

「われわれデザイナーが介入することで、工芸士の皆さんが、アートとしてではなく業として持ってたもの、たとえば今回のように竹を編む技術を、アート作品として改めて世の皆さんの目にふれる機会を作ることもできると思います。そして、それを保護していこうとする機運がホテルを通して伝えられ、作品を目にしてくださった方々の関心につながったり、そういう貢献ができれば、非常にうれしいなと思います。」

まとめ

吉田氏は、今回のグループトークを、次のように締めくりました。

「アートピースも空間デザインも、場やものの意味性や背景を伝え、そこに触れた方々の心を動かし、興味関心を増幅する装置です。(中略)先ほど、実店舗がネット世界のインターフェイスになる、というお話をしましたが、もしかしたら、リアル空間が社会貢献や地域の文化を守るためのインターフェイスになるかもしれないと感じました。価値があるのに厳しい現状にある伝統的なものが、リアルな場で興味関心を持たれたお客様に、その状況やバックストーリーを知っていだだくことで、購入や支援へとつながっていくかもしれません。リアルで知ったことで、次はデジタルでつながっていくとなると、今後、ホテルの役割・空間の役割が広がっていくのではないかと思いました。」

このように、地域産業の衰退やSDGsが社会課題として意識される今日において、「空間×アート」の文脈に地域の伝統工芸を用いることが、これらの課題解決に寄与する具体的な取り組みになる可能性を示唆しました。

新しいテクノロジーの誕生、そしてコロナ禍という未曾有の事態によって、私たちを取り巻く空間の価値や役割が問い直され始めています。

今回ご紹介した事例にもあったとおり、地方の伝統工芸やアート作品を空間デザインに取り入れることで「その土地らしさ」を表現するほか、「伝統工芸から紡がれる物語性」や「コミュニケーション」がもたらす可能性に注目が集まっています。

この視点は空間デザインにおける「新時代の関係性」を考えるにあたって、今後も重要なパラダイムになっていくはずです。引き続き、B-OWNDでは参画のアーティストの作品を軸としながら、アート×空間の可能性を追求していきます。

【KENTEN2021のご案内】

8月11日(水)より、「建築材料住宅設備総合展 KENTEN2021」が、オンラインにてスタートしています(9月10日(金)まで)。なお本展は、リアル空間においては、以下の会期・場所で開催されました。

【展示概要】

名称:「建築材料・住宅設備総合展 KENTEN2021」

会期:2021年8月26日(木)・27日(金)

※オンラインでは、9月10日(金)まで開催されます。

会場:インテックス大阪(〒559-0034 大阪市住之江区南港北1-5-102)

入場料:無料

詳細は、下記URLをご参照ください。http://www.ken-ten.jp/

■KENTEN ONLINE (※要登録)https://www.kenten-online.com/

【おすすめ記事】

オフィスにアート導入する意義や課題とは?

合わせてぜひご覧ください。

この記事でご紹介した作品