唯一無二の価値を表現する|「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」における工芸の活用事例

BUSINESS
「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」の空間デザインを中心に、
ホテルというホスピタリティ空間における工芸の活用について
空間デザイナー・林野友紀氏にインタビューを行いました。
取材・文:大熊智子・B-OWND
カバー写真提供:「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」

PROFILE

林野友紀

株式会社丹青社 デザインセンター 西日本エリアデザイン局 チーフデザインディレクター。山梨県生まれ。ホスピタリティ空間の設計を中心に、ホテル、ミュージアム、複合商業施設、駅施設などのパブリック性の高い空間から、専門店、レストランまで、幅広く空間の企画・ディレクションおよびデザイン業務を行う。 地域の素材を活かしたり、アーティストとのコラボレーションなどを通じて、空間の付加価値を高める取り組みを続けている。

空間デザインとは?

林野友紀氏

―まずはじめに、空間デザイナーの仕事とはどのようなものなのか、林野さんのこれまでの取り組みなどを含めてを教えていただけますか。

林野 私がこれまで関わらせていただいたのは、専門店などの商業空間や、ホテルといったホスピタリティ空間、駅施設などのパブリックスペースなどで、クライアント・規模も幅広いものでした。ですが、共通するのは、デザインが「問題解決」や「ブランドアップ」など、何かしらの機能を果たすためのものであるということです。

見た目が美しいものを作るのはもちろんですが、このビジネスが成功するためにどういう訴求をしていくべきか、どういった印象や体験を与えたいかという「本質的な価値」があって、それを表現するのがデザインという考えです。

私はブランディングの専門ではありませんが、ブランドのビジュアルを請け負うという意味で、常にクライアントと一緒にブランディングを考えています。何を作るべきかというところから、一緒に立案していく場合も多いです。もちろんコンペティションもありますから、物件によってもバラバラですが、最終的な実施・設計監理まで担当する場合もあります。

そして、その「本質的な価値」を表現するため、内装の空間デザインだけではなく、その空間の中でお客様の手に触れる家具をデザインしてオーダーしたり、照明の色合いや明るさ、絨毯の踏み心地、カーテンやテーブルクロスの素材感、ときには流れる音楽やそこで使われるカップやカトラリーまで、空間に関することをすべてをご提案します。

ーそういった中でも、林野さんはホテルなどのホスピタリティ空間への関心が高いと伺いました。

林野 そうですね。私は大学で建築を専攻していたこともあり、学生時代から海外にはよく建築を見に行っていました。ですがいろいろと見て回るうちに、段々と建築そのものよりも、街並みやカフェ、ホテルなどの人々のライフスタイルに関わる部分や、デザインも含めたソフト面に関心が強いことがわかってきたんです。大人になって旅の質も変わり、今では海外のホテルに行くのが旅の目的のようになっていますね。

林野氏が描いた部屋の平面スケッチ

林野 宿泊先では、特に初めて泊まったホテルや気になっていた部屋では、部屋の平面スケッチを描いているんですよ。そうすると「ここは裏をこう使っているんだ」など、写真を撮る以上に構造を理解できて面白いです。半分は趣味で、半分は仕事に活かせたらいいなという感じで続けています。旅先でも連泊せず、毎日ホテルを変えることもしばしばです。

そして宿泊するたびに実感するのは、ホスピタリティはデザインだけで表現できるものではないということです。素晴らしいホテルは、そこにどんな体験をサービスとして提供したいかとい意思があり、デザインがひとり歩きしないで、一体感としてきちんと表れていると感じます。そういった視点でいうと、アートや地域の工芸を空間デザインに取り入れるのは、ひとつの有効な手段であると思います。

地域工芸を取り入れることで、「ラグジュアリー」と「らしさ」の両立を実現

桜島と錦江湾を一望できるロケーションを活かした設計も魅力のひとつ。
天井には、雲を模したアートワークを設置している。
写真:ナカサアンドパートナーズ

ー工芸を空間に取り入れた事例として、林野さんは、鹿児島の「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」さんの空間デザインを担当されましたね。はじめ、どういった内容でご依頼があったのでしょうか。

林野 「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」は、「城山観光ホテル」の名称で長年親しまれてきた、歴史あるホテルです。このホテルの建物は、1974年に完成したものなので、まずは耐震工事の必要があること、そして今回はホテルとして初となるクラブルームを設定したいというご依頼でした。またそれに合わせて、時代に合わせたデザインにホテルをリニューアルされるということでした。

つまり、地域に根付いた伝統あるホテルをいかにブランディングしていくか、という課題と向き合った物件でした。外資系ホテル参入の計画もありましたので、コンセプトは「新しさ」「モダン」といったものではなく、最終的には「城山らしさ 鹿児島らしさ 日本らしさ」として、感性・上質・伝統をテーマとした客室デザインに仕上げています。いつ来ても「城山らしいな」と感じていただけるような、唯一無二の価値を提供することに注力しました。

ー今回、空間デザインのなかに工芸をふんだんに取り入れていらっしゃいますが、それもコンセプト・テーマを表現するためなのですね。工芸を取り入れるまでには、どういった経緯があったのでしょうか。

実際のワインバー。写真右手に、沈壽官氏の香炉が展示されている。
写真:ナカサアンドパートナーズ

林野 これに関しては「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」様よりご要望がありました。実は、全体のリニューアルの前に、ホテル内のワインバーの設計を担当させていただいたんです。その際に、薩摩焼の沈壽官(チンジュカン)先生の香炉の作品を置きたいということでした。ワインバーのなかにそういったものを置くという発想がなかったこともあり、少し驚きました。

しかしお話を伺うと、ホテル内に地元の工芸品のギャラリーがあり、そこで先生の作品もご紹介されているということでした。その背景には、「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」様が、これまで地域産業の活性化とともに歩んできたという歴史があったんですね。こういった理由から、地元の工芸品の素晴らしさを伝えていく、という使命感をもっていらっしゃいました。

今回のリニューアル工事では、クラブフロアを新設することが決まっていましたから、よりラグジュアリーな空間づくりのため、積極的に工芸を空間に取り入れることで、「SHIROYAMA HOTEL kagoshima 」様らしさと、ラグジュアリーの双方を実現できるのではないかと考えました。

インペリアルスイート
写真:ナカサアンドパートナーズ

林野 客室のグレードを決める際に、たとえば同じ部屋の面積なのに値段に差があることについて、デザインが違うという事だけでは説明が難しい場合があります。こういったとき、部屋内の設えやアートワークによって、部屋のグレード感に差をつけるという手法があるんです。そこで今回は、宿泊の価値をより一層高めるために、沈壽官先生の作品をはじめとする工芸品を、積極的に空間に取り入れることにしました。

ーそれらの作品は林野さんの方でご提案されたそうですが、どのような基準で選定されましたか。

組子のヘッドボート
写真:ナカサアンドパートナーズ
B-OWND 空間×工芸 SHIROYAMA HOTEL kagoshima
鹿児島の和紙を使った作品
写真提供:原口敬子

林野 立体物として展示してある作品と、壁に展示している作品は、空間に取り入れるときの性質が全く異なります。沈壽官先生の作品のような立体物は、平面計画に大きく関わるため、空間構成の一部として当初から計画します。作品を鑑賞する動線も考慮しながら、目的性を持って「見せる」ために配置するということですね。一方、ヘッドボートの組子や、壁に掛けた和紙のような平面の作品は、視覚的効果や風合いを重視して、インテリアデザインに取り込む形として選びます。今回は空間の大きさや雰囲気に合わせ、地域の素材を使ったらなにが適しているか、という視点で考えました。

たとえば和紙の作品に関しては、素材自体に温かみがありますし、安らぐための空間である客室と調和し、主張が強すぎないという特長があります。また、和紙のように繊細なものを、ガラスケースに入れることなくむき出しで展示することは、高価なものをそのまま飾る、という意味でラグジュアリーですよね。

工芸のさまざまな特性を活かした空間づくりの考え方

ーデザイナーとして、こういった工芸作品のオーダーはどのくらい細かく要望を出しているのでしょうか。

林野 やはりある程度、前提条件があるなかでオーダーをしますので、空間から引いてみたときの密度やボリューム、そしてコンセプトと合っているかというところをチェックするのはデザイナーの役割です。ただ、最終的な色合いや表現の部分は、やはり作家さんの感性を尊重してお任せすることが多いですね。

たとえば組子の作品は、まず私の方で「桜島」をモチーフにするのはどうか、というご提案をして、組子の色合いや細かい表現の部分はお任せしました。和紙の作品は、希望する色合いや全体のボリューム感を伝えて、部屋に合わせる形で作っていただきました。

ーまた今回は、鹿児島の竹工芸の技法を活かしたアートワークの企画されていますね。なぜ竹だったのでしょうか。

林野 まずはコンセプトワークとして、どんな素材を使って「鹿児島らしさ」を表現するかということを考えました。感性、伝統、上質感、ロケーションという「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」にしかないレガシーとはなんだろうと。そこで、この地域のゆったりとした時間、色見、南国らしい開放的な雰囲気を伝えるエッセンスとして竹という素材はぴったりだと感じ、「ぜひアートワークとして使いたい」とご相談させていただいたんです。

こちらも、客室のグレードにあわせて、立体のもの平面のもの、作品の雰囲気やデザインなども分けて作っていただいています。

ー実際に工芸を客室に配置してみていかがでしたか。

林野 工芸は、設置した周りに空間の余白ができます。そのため、意識はそこに留めることができるのですが、壁でふさぐのとは違い、空間をやんわりと繋ぐことができます。もちろん、緩やかな区切りをするために、格子や組子などを用いる場合もありますが、こういった活用法は、「工芸」ならではのものと感じました。

実際に、沈壽官先生の作品の作品が置いてある向こう側は、見えるけれどダイレクトに行くことはできず、ぐるりと回る必要がある、という構造です。これは、スペースに余裕があるからこそできるラグジュアリーな置き方で、空間にも緊張感が生まれる手法だと思います。取り入れる効果はとても高いと感じました。

見て終わりではなく、次の機会へとつなげていくことが重要

ー工芸をふんだんに取り入れた「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」の件を振り返って、今、感じていらっしゃることはどんなことでしょうか。

林野 そうですね。「SHIROYAMA HOTEL kagoshima」様のインペリアルスイートには、先ほどご紹介した作品以外にも、実際に使っていただける薩摩切子のグラス、大島紬(おおしまつむぎ)の羽織などが設置されています。これは、お客様にぜひよさを実感していただきたい、というホテルの意向です。

また、竹を編む技術を応用したアートワークの企画に関しては、われわれデザイナーが介入することで、伝統的な技がアート作品として改めて世の皆さんの目にふれる機会づくりになったのではないしょうか。

林野 ホテルを訪れたお客様が、こうした地域の伝統的なものに、ホスピタリティ空間のなかで触れたとき、それらを支援していこうとするホテルの意向や地域の機運が、作品を通して伝えられたら、非常にうれしいなと思います。またそうなったのであれば、ホテルの役割はもっと広がっていくのではないでしょうか。私もデザイナーとして、今後そういう貢献をしていきたいですね。

今、アートに限らず、すべての消費者の行動力は、どの企業のどの商品を買うかというよりも、その理念などに賛同できるかがどうかが重要になっています。どういったメッセージを発信し、何を大事にして、どういった商品をどうやって世に出していくのかという姿勢は、お客様の目に留まるところです。そういった意味でも、今回はとてもいい事例になったのではないでしょうか。

ー最後に、空間デザインと工芸の将来についてお考えのことがあれば教えてください。

林野 私たちが扱っているホスピタリティデザインや丹青社が扱っている空間体験は、その場所を見て終わりではなく、それを次の機会へとつなげていくことが重要だと考えています。

大きな意味での価値の提供について、もっと長い時間・広い軸を想定し、空間やそこに設置された作品を通して、地域との繋がりを体感していくことできたら、今後とても面白い展開になると感じています。

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