コレクターズインタビュー めざすのは最高のもてなし|飲食業の実業家に聞くアート・工芸の活用とその未来(後編)

LIFESTYLE
「料理が人なら器は着物です。」
そう語るのは、中国・北京で日本料理レストラン『東也』を営む実業家・谷岡一幸氏。
今回のコレクターズ・インタビューでは、そのライフヒストリーに貫かれた信念と、
アートに造詣の深い「食の経営者」だからこそ重視する「器」へのこだわりについて、
コレクターとして、そして実業家としての双方の視点で語っていただきました。
文:B-OWND

PROFILE

谷岡一幸
1973年、熊本県生まれ。外食ビジネスプロデューサー。飲食店及びホテル開発、運営が専門。和食料理人からキャリアをスタートし、中国料理、イタリア料理修行を経てソムリエ、ホテルGMなどのキャリアを積む。2003年、日本ソムリエ協会認定シニアソムリエ取得。2007年、伝統あるL’ORDER  DES  COTEAUX  DE  CHAMPAGNE 「CHEVALIER」(シャンパーニュ騎士団「シュヴァリエ」)を、日本のソムリエとしては最も早期に受勲。2010年、北京で独立。北京初紹介制の日本料理東也、日本料理公之オーナー。そのほか、北京を拠点に50銘柄の日本酒、焼酎の輸入販売事業を営む実業家。

料理が人なら器は着物

B-OWND 谷岡一幸 実業家
谷岡氏の経営する日本料理『公之』で提供される料理

—飲食業界でご活躍されてきた谷岡さんがアートの世界に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか? 

谷岡 もとから好きだったんですが、飲食店やホテルの開発に携わっていると、芸術品や器と向き合う機会が自然と増えていくんです。

それで、さまざまなアート作品や伝統工芸品を見ているうちに、「もっと面白いものはないのか?」と探しまわるようになりました。

とはいえ、日本の飲食店やホテル業界の傾向として、どうしても「器の予算」は最後に回されてしまいがちなんです。しかし、飲食店にとって、器は食材と同じくらい大切なものです。それぞれの料理によってコンセプトも違うので、器を合わせないと世界観が崩れてしまいます。「料理が人なら器は着物」と言っても過言ではありません。

—たしかに、日本の飲食店で出てくる器は、大量生産されている既製品が圧倒的に多い気がします。改めて、どのような理由があるのでしょうか?

谷岡 飲食店が器にお金をかけられないのは、「破損リスク」があるからです。例えば、1皿5万円の器を破損してしまったら、利益率10%前後の飲食業界では約50万円の売上高を上げないと取り戻せない。

だから、「割れたらどうしよう……」という経営上の不安が拭きれないんです。とはいえ、料理は素晴らしいのに、肝心な器が合っていないのは本当にもったいないことです。残念ですが、日本の飲食店でストアコンセプトと「器」がマッチしているお店は極めて少ないのが実情です。

—谷岡さんの手掛ける飲食店の器には、伝統工芸品が使われていると伺ったのですが、「破損リスク」には、どのように対応されているんですか?

谷岡 実は、「人、物、やり方」で解決できるんです。僕が手掛けるお店の洗い場は、通常の店舗よりも食器棚の面積を5倍ほど広く設計しています。洗い場で器を重ねたり、ぶつけたりことがないよう工夫しているので破損率がとても低いです。スタッフにも器の重要性を説明して、使いながら器を育てていくという概念を育んでいます。

僕が経営する店舗では、1店舗あたり3000万円分の器を揃えているお店もあります。数年前、世界的に著名な美食家がご来店なさった際に、「こんなに器を揃えているお店は見たことがない」と感動されていました。お店のイメージやブランドを引き立てる役割としても、「器」は欠かせない存在なんです。

ちなみに、お客様がご自身でご使用なさった酒器や店内に展示販売している美術品を購入してくださることも多くて、値札も付けていないのに年間1000万円売り上げたこともあります。

100%オーダーメイドの器にこだわる理由

—谷岡さんがお店で使われているのは日本の器なのでしょうか?

谷岡 はい。料理と器には相性があるので、お店で使うものは100%オーダーメイドです。例えば、酒器を例に挙げると、材質や形状によって同じお酒でも味わいが変化します。「お酒が人なら、酒器は着物」なんです。お客様が日本酒をご注文なさった場合、そのお酒の味わいを引き立てる酒器をあらかじめスタッフが選定して、その中からお客様にお選びいただくようにしています。

—飲食店に置かれる「器」の基準は何かあるのでしょうか?

谷岡 芸術性と機能性が両立していることを重要視しています。芸術性は豊かだけど、機能性がなければ「道具」として飲食店では使いづらい。例えば、高台を付けたがらない作家もいらっしゃるのですが、高台がないとお客様にサーブする際に音が気になったり、破損リスクが各段に上がったりと問題が噴出します。

逆に、機能性は充実していても、芸術性が乏しいものであれば面白くない。2つの要素が揃ってはじめて、飲食店で扱える「器」になるんです。

—「器」をオーダーされる際は、具体的な要望をお伝えされているのですか?

谷岡 そうですね。オーダーに関しては、「こういう器が欲しい」など、使用目的や機能性や形状まで要望する場合もありますが、大半は作家の感性に委ねる場合が多いです。必要最小限の機能性に関する要望だけを伝えて、あとは作家の感性に託す。一番大切なことは、アーティストの世界観を絶対に壊さないことなんです。

もちろん、時間やお金も必要になるのですが、アーティストの精神性を尊重しながら、メンタルや時間的な余裕などのコンディションにも配慮していかなければ、本人が納得できる作品を生み出せない。そのあたりも細かく把握して臨むからこそ、100%オーダーメイドで「器」を揃えることができるんです。

そうした努力を尽くした上で、「この部分をこうできないでしょうか?」とお願いすると、作家から「こうしたらどうだろう?」とご提案くださる。お互いが納得するまで突き詰めて、最終的に「世界に一つだけの器」が出来上がったときは、なんとも言えない達成感がありますね。これがオーダメイド制作の大きなやりがいにつながっています。

日本文化を発信する拠点に

オーダーメイドの器。料理との相性を考慮し、
さまざまなバリエーションを取り揃えているという。

—北京で営まれている日本料理『東也』の名前は、唐津焼・鏡山窯の井上東也先生に由来しているとお聞きしたのですが、作家の名前を冠するお店を立ち上げたのには、どのような想いがあったのでしょうか?

谷岡 実は、小さい頃に裏千家を習っていて、井上先生の作品を拝見する機会があったんです。幼いながらも、そのダイナミックさに感銘を受けていました。それで、お店を出すときに、「お名前を使わせてください」とお願いするために窯まで伺ったんです。

最初はお断りされたのですが、お店のコンセプトに井上先生のお名前と作品がどうしても必要だったので、事業計画も含めてプレゼンテーションさせていただき、ご承諾をいただきました。

—そうだったんですね。実際に、中国では、日本の伝統工芸品に関する需要や関心は高まっているのでしょうか?

谷岡 一時期のお茶ブームをきっかけに、年々、日本のアート・伝統工芸品に対する関心は高まっていると肌で感じています。とりわけ、『東也』にお越しくださるお客さまは、芸術に関心のある方たちが非常に多いので、日本文化を発信する拠点の役割を担えていることも嬉しく思っています。

—『東也』が日本料理を扱われているのにも、日本文化を発信しようという想いがあるからなのでしょうか?

谷岡 そうですね。独立した当時は、まず経営者として成功する必要があったので、富裕層を対象にした一見さんお断りの日本料理で勝負したんです。当時、北京では、そういったお店はありませんでしたから、その発想が功を奏して、中国の財界や芸能界のトップスターが連日のように訪れるようになりました。その意味では、自分が一番やりたいことを時流に合わせて展開したことで軌道に乗せることができたとも言えます。

陶芸家・市川透との出会い

B-OWND 谷岡一幸 実業家
市川氏の個展会場にて料理をふるまう谷岡氏

—浅草のギャラリー「とべとべくさ」さんで開催されている陶芸家・市川透さんの個展で、お料理をふるまわれていらっしゃいましたね。

谷岡 はい。今回は、市川先生から「ぜひオードブルを出してほしい」とご連絡をいただきました。私がYoutubeで飲食店を応援する動画投稿を始めたことを先生にご支援いただいていて、その宣伝のためにも、こういったお料理を提供する機会を作ってくださったんですね。私としても、個展にいらっしゃった方々に市川先生の作品に料理が盛り付けられている様子を見ていただきたくて、喜んでお料理を提供させていただきました。

陶芸家・市川透氏の個展にてふるまわれた料理
器は市川透氏、料理は谷岡一幸氏

—眼福という言葉がありますが、舌でも目でもお料理を味わう、とても贅沢な時間を過ごさせていただきました。これが器の力なのですね。

谷岡 市川先生の作品は唯一無二の圧倒的な世界観があります。料理人に何をどのように盛り付けて1つの「作品」として完成させるのか、器に試されているような気がします。そういう意味では料理人の感性を磨いてくれる器でもありますね。

北京のお店でも市川先生の作品でお料理を提供するとお客様は一瞬にして引き込まれていきます。非売品の器を一目惚れして「どうしても欲しい!」と売却を懇願なさるお客様もいらっしゃるほどです。

—もともと、市川さんとはどのような出会いだったんですか?

谷岡 2018年4月に開催された東京アートフェアで、はじめてお会いしました。市川先生の作品を拝見したときに、「魂の叫び」とでもいうような強いメッセージ性を感じ、衝撃を受けたんです。市川先生のスタートは備前焼。伝統と革新のはざまで破壊と創造を繰り返し、その時々に辿り着いた境地が作品として表現される。自らの精神を極限まで研ぎ澄まして生まれた作品が放つエネルギーに心の底から感動しました。何よりも市川透の作品には「愛」がある。作品に対する想い入れの深さが違います。それからは、市川先生の作品をずっと購入しています。

—一番最初に購入したのは、どのような作品だったんですか?

愛用のシガートレー

谷岡 志野茶碗ですね。お店に非売品として飾っています。また、コーヒーカップやシガートレーも愛用しているので、もう自分にとって家族のような、欠かせない存在になっています。ちなみにシガートレーは私が市川先生にオーダーメイドしたのがきっかけでこの世に生まれた作品なんです。出来上がった作品を初めて目にした時はカッコ良すぎて鳥肌が立つほど痺れました。

アーティストの生き様に新しい景色を見る

市川透《茶入 七曜》
作品の販売ページはこちら

—谷岡さんにとってアート作品を鑑賞したり、身の周りに置いたりすることには、どのような価値があるのでしょうか?

谷岡 アート作品を目で愛でることも優雅な時間だと思いますが、作家の生き様に触れることで得られる気づきが本当に多いんです。私は日常的に企画の仕事をしていますが、自分の感性だけで企画していると同じようなアイデアでまとまってしまい、突出したアイデアが生まれない。

そういった行き詰まりのなかでアートに触れると、作品それ自体が作家の生き様が形になったものだから、愛でる側も人生を問われるんですよね。その刺激が新しい発想を生み出すのに役立っています。

それもあって、今では手放せない作品がたくさんあるんです。出張するときでも、お気に入りのコーヒーカップを持っていかないと、調子が狂うくらいです(笑) 

谷岡氏(左)と市川氏(右)

—今後、アート業界をご支援されたいというお気持ちもあるのでしょうか?

谷岡 もちろんです! やはり、だれかが時間とお金からアーティストを解放しないと、魂の根底を揺さぶるようなアート作品を自由自在に生み出せる文化をつくることはできないと思います。経営者として大きな成功を治めたら、アート業界を盛り上げる取り組みを積極的に行いたいと考えています。

—この度は、谷岡さんの人生観やアートへの情熱などに触れて、心から感動いたしました。貴重なお話を聞かせていただきまして、本当にありがとうございました。

>>>前編はこちら<<<

【谷岡一幸氏のYouTubeチャンネル】

長年の間、飲食業界で培ってきたノウハウや経験を共有したいとの想いから、飲食の道と書いて「飲食道」というYouTubeチャンネルを開設されました。飲食店へのインタビュー取材や、自宅で簡単にできる料理のノウハウなどが紹介されています。

ぜひご覧ください。

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