茶を通して日本文化の価値を世界に発信する|岩本宗涼氏インタビュー
そしてお茶をめぐるさまざまな事業を展開する株式会社TeaRoomの代表として注目を浴びています。
9歳から茶道をはじめられたという岩本氏は、お茶文化の担い手でありながらも、
その知識や経験をいかしながら、お茶の産業をも担うべく大学時代に株式会社TeaRoomを起業します。
そこにはどのような問題意識があったのでしょうか。
今回の記事では、工芸ともかかわりの深いお茶業界についての現状をお話いただきながら、岩本氏の活動、そして目指すものについて語っていただきました。
写真提供:株式会社TeaRoom
PROFILE
岩本宗涼
1997年、千葉県生まれ。裏千家での茶歴は15年を超え、現在は株式会社TeaRoom代表取締役を務める。サステイナブルな生産体制や茶業界の構造的課題に対して向き合うべく、静岡県本山地域に日本茶工場を承継。2020年9月には裏千家より茶名を拝名。一般社団法人お茶協会が主催するTea Ambassadorコンテストにて門川京都市長より日本代表/Mr.TEAに任命されるなど、「茶の湯の思想×日本茶産業」の切り口で活動中。
お茶を社会のなかでいかしていくという課題と向き合う
―9歳でお茶をはじめられ、今年最年少で裏千家の準教授になるご予定だそうですね。このように長く続けるにあたって、たくさんの良い出会いがあったのだろうと思いますが、現在の活動へと続くような、強い影響を受けた方はいらっしゃいますか。
岩本 はじめにお茶を教えていただいた先生の影響はとても大きいと思います。先生は今年幹事長になられた素晴らしい茶人ですが、常に社会で生きていくなかで、どうやってお茶を「余白」として、「逃げ場」として活用してもらえるかを考えるように、と説かれていました。
岩本 よくお茶は、「高次元な遊戯性である」と語られます。お茶を楽しむという超日常のアクティビティの次元を1つ上げて、「茶を楽しむ」という行動様式と空間の構造を、茶室という形で区切ってあげる。このルールのなかで、茶でどれだけもてなすことができるかというゲームが日本のお茶です。ですが、それではただの貴族の遊びですから、これを使ってどう社会に価値を還元できるのか、自分自身でどういう茶にどういう価値を感じて、何を持って何を還元しうるのかを常に考えなさい、と教えていただきました。
―なるほど、きっとそういった流れもあり、大学では経済学を学ばれ、在学中に現在代表を務められている「株式会社TeaRoom」を起業されたのですね。文化の担い手である岩本さんが、あえて産業側として活動をはじめたのには、どういったきっかけや問題意識があったのですか?
岩本 先ほどお話した、お茶の先生の教えと、私の父親がロビイングの本を書いているような人で、そのあたりの影響はありました。
株式会社ベネッセコーポレーション代表取締役会長の福武さんもよくおっしゃっているのが、「経済は文化のしもべである」ということです。経済というのは、文化を基準に、それを目的とした経済圏がつくられなくてはいけません。文化を内包したような経済圏をつくることこそが、文化の保全、ひいては継承においても大切であるというところに行きつきました。
そこで、自分が専門としてやってきた「お茶文化」を、いかに経済や政治に内包させるか、それを自身のミッションにしようと考えたんです。大学時代は、ロビイングが有名なアメリカの学校に留学するなどして過ごし、在学中に株式会社TeaRoomを立ち上げました。
―実際には、どのような課題に取り組もうと起業されたのですか?
岩本 たくさんあるのですが、大きく2つです。1つは、文化の方々は産業についての知識が、産業の方々は文化についての意識がそれぞれ足りていないという状態が、現在衰退が進む「茶業」の状況としてあります。もし、文化出身の私がそこを繋げるような役割を担い、構造自体をつくることができれば、産業側が付加価値をもった流通を生み出せるし、文化への接点をつくることができるのではと考えました。この両者を繋げ、理想的な状態をつくることが、起業のひとつの目的です。
もうひとつは、お茶によって、「対立のない優しい世界」を作ることを目指しています。今、モノが豊かにあっても、人々が「幸福」を感じづらくなっていたり、宗教や人種による対立も依然として大きな社会問題として目立ちます。お茶文化というものは世界中どこにでもあり、みなこの文化を通じて交流をしています。たとえ言葉が通じなかったとしても、お茶を出せば、みな笑顔になるのです。
日常のなかで、必要と言われている水分摂取は一日に8回あると言われています。この8回の「お茶を差し出す」機会を使えば、もしかしたら世界はもっと優しさが顕在化する社会になるのではないかと仮説を立てました。
持続可能で、多様性あるお茶を未来へと繋ぐために
―なるほど、とても興味深いので、1つずつ伺いたいと思います。まずは文化と産業を繋げるというお話についてですが、株式会社TeaRoomでは、生産、加工、販売までをすべて行っていらっしゃいますね。なぜここまでの展開が必要なのでしょうか。
岩本 たとえば直近の課題として、ここ10年、20年のあいだ、ずっとお茶農家の人口は減り続けていますし、お茶の単価も右肩下がりという現状があります。このことを知ったとき、自分が大好きで価値を感じて続けてきたお茶は、もう社会的に価値がないのだろうかと、ショックを受けました。
岩本 ここで問題視しているのは、単なる単価のシフトではありません。
核家族化や都心の一人暮らしが増えて、食事も西洋化・多様化するなかで、飲料はどの食事とも相性が良いものでなくてはならなくなりました。そうなると、日本のお茶はどの食事とも相性がいいですし、カテキンが入っているから体にもいいということで、本来はもっと盛り上がるはずなのです。しかし現実では、生産者の数は減少し、大規模生産が可能な農家さんに絞られる傾向にあります。どういうことが起きているかというと、茶葉そのものにあった価値は、すぐ飲める状態のペットボトル飲料へと移っていったということですね。
ペットボトルのお茶は、お茶を家庭内のものから社会のものへとするイノベーションを起こしました。一方で、その大量生産、大量消費に堪えうる大規模農家でないと、どんどん淘汰されてしまう現状も生み出しました。今では産地が丸ごとつぶれてしまうなど、多様性の面でも危機的な状況です。
岩本 しかし世界に目を向けてみると、中国や韓国はお茶文化をしっかりと守っています。人間は1日8回「飲む」行為をするのだから、文化普及ができるそのチャンスを逃してはもったいないからです。中国は中華街を世界中に作り、人民を移動させて中華文化を浸透させたと言われています。次は飲料という接点を持って中華の思想を周囲の国に発信する動きがみられます。
このように、お茶を通して世界に文化を浸透できるだけの接点を持てるにも関わらず、また日本にはこれだけ良質な文化と思想があるのに、なぜこれを守らず単なる「生産物」にするのだろうと思ってしまいます。
これらの状況の原因は、やはり構造です。だからこそ根本から「茶業」を立て直すために、私たちは生産、加工、販売まで行うことにしました。
ー生産、加工、販売に関して、具体的にはどんな活動をされていらっしゃいますか?
岩本 生産については、工場や機械、茶農園などを承継もしくは購入をし、流通も含めて私たちが管理しながら、産地や茶産業への還元の取り組みをしています。お茶づくりの知識のみならず、他の産業の知恵も活用してお茶の開発を行っています。
岩本 投資力がなくても、1つの技術さえあれば新しい商品を作ることができますし、それを流通させることができれば、業界としてそちらの方向にスイッチしていくことができます。このようにしていけば、1つずつ、あるべき方向に進めていくことができるのではと考えています。
もうひとつは、販売です。先ほども申し上げたように、お茶は必ずどの方とも接点のあるものです。また、単にのどの渇きを潤すだけの「飲料」ではありません。歴史や文化、思想、肉体的・精神的健康への寄与といったさまざまな側面がありますので、ご依頼にあわせてお茶のどの側面を使っていくかをクライアントさまと一緒に考えています。たとえばプロダクトから入ることも、空間から入ることも、思想から入ることもありますが、お茶の特性を生かして事業を展開しています。
お茶は単なる飲料ではない | これからの役割とは
―もうひとつの課題として挙げられていた、「対立のない優しい世界をつくる」ことについてもお聞かせください。
岩本 私たちTeaRoomでは、「優しさ」については、「Generosity」「Generos」という言葉を使っています。これは「寛容さ」と訳されることが多いのですが、英英辞典で引くと、「人にGiveする心」、もしくはその「行為」が定義です。
私たちは、今の世の中には「Give」が足りていないと感じています。人はみな、だれもがだれかに「Give」ができるのに、社会のノイズや構造、環境によってそれが潜在化してしまっているのだと思います。
たとえば、国際連合の持続可能開発ソリューションネットワークが発行する「World Happiness Report(世界幸福度報告)」の項目の1つにも「Generosity」があります。「どうすれば幸福度が上がるか」という研究もあり、そこでは「自己他者または環境社会に対してGiveを日常的にしてるかどうか」が大きく関わってくると語られています。
私は留学が終わった後、東回りで帰国しました。お茶文化は世界中どこにでもあり、みんなその文化を通じて日常的に交流をしています。私は現地で茶会を開き、お茶を振る舞い、現地の茶器を購入しました。そしてその土地の人々は私に、彼らの文化を紹介してくれました。そのなかで、日常の「お茶を差し出す」という一動作も、立派な「Give」の動作であることを感じたのです。
岩本 つまり、こういった日常の経済活動レベルにおいても、文化という1つの力によって内包された経済圏ができれば、「Give」の世界観が溢れていくような経済活動が増えていくんじゃないか、という仮説を立てたのが始まりですね。
岩本 「和を以て貴しとなす」という言葉があるように、もともと日本という国は、「Give」の精神がたくさんあった国でした。調和を重んじて成り立ってきた国のはずなのに、「World Happiness Report」において、日本は非常に幸福度が低く、そのなかでも特に「Generosity」のランキングが低いのです。とてもいい文化、歴史を持っているにもかかわらず、それにみんなが気が付いていないことは、貴重な機会を損失していると感じます。
―今伺っただけでも、お茶はとても広がりがある文化的価値が高いものだとわかりました。
岩本 そう思っていただけたのなら嬉しいです。
先日、「日本・オマーン国交50周年記念文化事業」の能講演に際して日本の伝統文化を茶人として広く伝える機会をいただきました。今回は併せてアブダビとドバイも訪問させて頂いたのですが、両首長国を擁するアラブ首長国連邦とも2022年は日本と国交樹立50周年の年でした。ご来賓の方々には体験ワークショップを通じて、茶の湯の精神性に触れていただくことができました。現地での文化交流から、経済振興へ繋げていく礎を築く素晴らしい機会になったと思います。
このように、お茶はとても広がりのあるものです。
生活習慣や世の中の価値観の変化にともなって、厳しい状況にある日本のお茶産業ですが、私はもう一度、消費者がお茶を求めているという空気感の醸成や、お茶が社会において価値あるものだという認知を広げていきたいと考えています。いろいろな角度からみなさまに「お茶」を求め、そして楽しんでいただけるよう、今後もさまざまな商品開発やイベントなどをご提案していきたいと考えています。
【おしらせ|アーティストが手掛けるお茶碗を特設サイトにて販売中!】
慌ただしい日常のなかで、ほっと一息つくお茶の時間は大切なもの。
あなたにとっての至高の茶碗で、日々の休息を「味わう」ひと時を過ごしてみませんか。
【期間】
2022年6月3日(金)~8月4日(木)
【参加アーティスト】
市川透、加藤亮太郎、酒井智也、高橋奈己、
ノグチミエコ、松林豊斎、宮下サトシ、山浦陽介、横山玄太郎
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