コレクターズインタビュー アートコレクターが求める挑戦の息吹|カッコいい大人が溢れる社会を目指して
そんな、自分らしさを持った「カッコいい大人が溢れる社会」を目指すのは、
大手企業で活躍する本田慎二郎さんです。その作品蒐集の方針には、「挑戦」というテーマが見えてきます。
コレクターズインタビュー第5弾では、
本田さんにとってのアート作品を購入する魅力と、そこに込められる想いについて伺います。
PROFILE
本田慎二郎
1986年、大阪府生まれ。同志社大学を卒業後、2010年にパナソニック株式会社に入社し、人事や経営企画に従事。2017年にグロービス経営大学院にてMBAを取得。同年に空間デザイン会社 丹青社へ出向し、営業や部門の組織変革を担当。2019年にパナソニックに復帰し、主に組織開発を担当した。在職時は社内活性化の有志の会One Panasonicの代表も務めた。現在は大手アパレル企業にてカスタマーエクスペリエンス構築、店舗業務改革を担う。
行き詰まりを感じたとき、アートの可能性に気づいた
—本田さんがアートに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
本田 実は私の父親が元々、アートコレクターだったのですが、当時はあまりピンときていませんでした。 「どうして、こんな作品を買ってくるんだろう……」と家族で疑問に思ってたくらいで(笑)ただ、社会人になってからビジネスの課題に直面するなかで、改めてアートの可能性に気付かされたんです。
—それは、どのような可能性なのでしょうか?
本田 私は、MBAを取得する過程のなかで、ケーススタディや経営学をベースとした論理的思考による問題解決を学習してきました。しかし、そのアプローチが行き着く先は結局「どれも同じような答え」ばかり。つまりそこには、なかなか感性や個人の経験が反映されないんですよね。もちろん私が学んだビジネスの原則が有効に働く場面もあるのですが、そういったメソッドに限界を感じていたことが、結果的にアートに興味を持つきっかけとなりました。アートは答えのない問いから出発して、新しい価値を創造します。もっと言えば、当事者が描きたいものを描きながら、人々から共感を得ていくなかで経済を生み出す。現代では、マーケットにいる人々の肌感覚にフィットした独創的なやり方を展開して、そこにロジックを組み合わせていくような「アート思考」が現代ビジネスには求められていると思っています。
—たしかに、これだけ多様化しつつある現代社会において、金太郎アメを切るような答えの出し方は通用しないことのほうが多いように思います。とはいえ、「共感」のものさしは時として、限られた人たちの満足を得るような狭さにつながるかもしれません。
本田 「日本国内」という視点だけでみると、「共感」を具体的に掘り下げるほど、市場がニッチになってしまうことは避けられません。ただ、近年では「グローバル×ニッチ」というように、一見すると小さな市場として捉えられる分野であっても、地球規模で見れば大きくなるといった視点もあります。特にアートのような狭くて深い共感が得られる領域にはこの傾向は顕著なのではと思います。これを活かしていけば、オリジナリティやクリエイティビティーといったビジネスパーソンの個性や感性が際立つアプローチを取ったとしても、収益性を見込めるビジネスを作り出すことができるのではないでしょうか。
人生の「誓い」を再確認させてくれる作品たち
—本田さんにとってアートを購入することにはどのような価値があるのでしょうか?
本田 私にとってアート作品を部屋に飾るのは、ある種の「誓い」のようなものなんです。私はB-OWNDで陶芸家・奈良祐希さんの作品を知ったのですが、公開されている映像を拝見して、「このアーティストはものすごく挑戦しているんだな」と、作品の可視化されていない部分を理解しました。そこに、私自身の「人生は挑戦」という生き方との共感を抱いてから、奈良さんの作品を自分の日常の場に取り入れたいと考えるようになったんです。購入した今では、毎回作品を見るたびに「チャレンジ精神」を思い出すというか、「誓い」のようなものを再確認する瞬間になりました。
【奈良祐希氏 映像 「建築と陶芸の境界線を再定義する」】
—目まぐるしい変化のなかで、自分のスタイルを貫くことは簡単ではないからこそ、「誓い」を取り戻す時間が必要なのかもしれませんね。本田さんが「挑戦」を重視するのには、何か理由があるのでしょうか?
本田 はい、私は「カッコいい大人が溢れる社会をつくること」をミッションとして掲げています。私が思う「カッコいい大人」とは、自分の仕事に誇りを持っている人たちです。「誇り」といっても、プライドのような意識ではなく、家族や友達といった大切な人たちに「働くってこんなに楽しいんだよ」と自信を持って伝えられる「自分らしさ」といったニュアンスですね。
社会人になりたてのころ、電車の通勤者たちが、皆こぞって下を向いている姿が気になって仕方がありませんでした。働くってそんなに辛いのことなのかなと思えて……。私の場合は学生の頃から働くことに対してはとてもポジティブでした。どんな仕事でも楽しむための工夫をするようにしていたからです。
例えば、インストラクターのアルバイトをしていたとき、通常業務に加えて自分から企画を作って提案するなど、なるべく「自分ゴト」に落とし込んでいけるよう努めていました。どうしたらもっとより良い成果につながるかというような探求心や挑戦心が与えてくれるものは非常に大きいと思います。それはお客様にとっても価値あるものですし、自分自身のやりがいや楽しみにも繋がります。もちろん、現実社会は思いどおりにいかないことばかりですが、そのなかで自分自身を表現することはできるはずです。
きっと、こどもたちの「なりたい職業ランキング」に会社員が入っていないのは、ビジネスパーソンが自分の感情を犠牲にして働くネガティブなイメージが大きいからような気がしています。実際、企業で働くということは、さまざまな可能性に満ちていますし、そのなかで自分が何をするかは、当人次第という部分もあると思いますね。
—たしかに、やらされているだけの仕事はつまらないですよね。また、こどもたちからすれば、お父さんやお母さんが身近な社会人でもありますから、仕事に向かう姿勢が暗ければ、将来的にビジネスパーソンになりたいとは思えないのは当然かもしれません……。
本田 そうですね。ただ、やりたいことをやるから「自分らしい」というわけではないとも思っています。むしろ、どのような環境にいたとしても、主体的に価値を見出そうと挑戦する習慣があれば、最初は受け身でやらされていたようなことにも「自分らしさ」が備わってくる。その主体性を企業文化として育んでいくことがカッコいい大人が溢れる社会につながっていくと思っています。
本来、軸がしっかりとした「自分らしさ」は環境による制約を簡単に受けるものではないはずです。むしろ、自分らしさを奪うような出来事が起こったとしても、そこに挑戦を続けるからこそ、カッコいい大人でいられるのではないでしょうか。
蒐集したコレクションは、常に自分を励ましてくれる存在
—本田さんが過去に購入したもので自分の価値観に影響を与えたアート作品をご紹介していただけますか?
本田 先程も紹介した奈良さんの作品とそこに込められる世界観には心を奪われましたね。チャレンジ精神はもちろんのこと、論理と感性の「境界」で表現を追求する姿勢には、イノベーションを考えるうえで大切なものがあるように感じています。既存の枠組みの輪郭を捉えながら、新しい価値を見出そうとするセンスと言ってもよいかもしれません。
—まさに、論理と感性という相反する二つの次元を往来しながら、それらを作品として昇華させることで新しい価値が創造されているのだと思います。
本田 また、陶芸家・古賀崇洋さんの《頬鎧盃(ほおよろいはい)》からも勇気をもらっています。下克上というと、激しい言葉に思えるかもしれませんが、戦国時代を生きた武将たちが命を懸けて志を成就しようとした息吹を器から感じ取れるんですよね。そして、古賀さんが掲げる「反わびさび」の精神性にも刺激を受けています。千利休が提唱した「わびさび」に対して古賀さんが制作される圧倒的な器の存在感。ここにも陶芸家としての大きな挑戦があると思います。
—購入した作品をだれかに紹介することはあるのでしょうか?
本田 そうですね。自宅に遊びに来た方たちは、否応無しに作品が目に飛び込んできますからね(笑) その際に、自然と作品に対する想いを語ることもあって、お互いの内面について一歩深くコミュニケーションができる気がしています。論理よりも感性をベースとした対話のほうが相手の精神性を引き出しやすいのかもしれません。
カッコいい大人が溢れる社会を目指して
—最後に本田さんにとって、アート作品と過ごす時間とはどういうものですか?
本田 私にとってアート作品を鑑賞する時間は、「誓い」を新たに、挑戦を開始する出発点のようなものです。アーティストが自ら問いを立てて、作品を通じて世界に問いかける。この生き様にひしめく主体性にこそカッコいい大人の原点があると思います。今後、自分のミッションを果たすうえでも、自分が共感するようなアート作品との触れ合いは、大切にしていきたいですね。
—本田さんの志が成就されるよう応援しております。本日はありがとうございました。
関連記事